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敗将と蛮人 #2

<#1>

 我々の足は、一路野盗どものねぐらへと向かっていた。報酬の問題など、決めねばならぬことはいくらかあった。しかしそれらも、辺境伯の元へ帰り着かねば話にならない。野盗どもが宝物でも貯め込んでいれば話は変わるかもしれない。ともあれ蛮人は、先送りを了承してくれた。

「蛮人……否、ラーカンツのガノンと言ったか」
「そうだ。文明人の連中は常におれたちを蛮人と一括りにする。おれたちはラーカンツだ。覚えておけ」

 口を開いた私に対し、蛮人は傲岸な態度を崩さない。配下が傍らで表情を歪めるのも、お構いなし、といった体だ。おそらくこれが、彼の常なのだろう。私は見当をつけ、期待しないことにした。そもそも南方蛮族に我々が行う礼を求めること自体が、お門違いなのだ。そう思えば、彼の態度も気に障らなかった。

「奴らのねぐらを目指すと先に言ったが、不在だったらどうする? 取り逃すことになりかねんぞ」
「懸念はもっともだ。だが奴らは必ずねぐらに現れる。戻る場所、収奪した物を保管する場所が必要だからだ。だからねぐらを押さえる。そこに居るなら襲って倒し、居なければねぐらを奪って奴らを迎撃する。それだけだ」
「ふむ……」

 野盗どもの逃散ちょうさんを恐れる私に対し、蛮人……もとい、ガノンは実に的確な答えを返して来た。なるほど、実に明快である。首魁が居る限りは連中にも規律はある。おいそれと逃亡は許されないだろうし、むしろ逃げる者から殺されるだろう。【闇】に染まっているという懸念はあるが、それでも補給や休息は必要なはずである。で、あればこそ。拠点を押さえることは理に適っている。私はそう踏んだ。

「……ですが閣下」

 不安げに、声を漏らす者がいた。私の配下だ。私に残された、たった一人の股肱の臣。そんな男が、懸念を口にする。

「それがしどもは、変装もなにもしておりません。いかな敗軍とはいえ、連中に見付かれば」
「見付かるなら潰す。連絡をさせない。仮に連絡を許したにしても、警戒してねぐらに集うのであればなお良し。それだけだ」

 またしても、ガノンから明快な返答が行われた。我々三人で、五十かそこらの手勢に立ち向かえるのか、という問題はある。だが、それについては先にガノンが答えを示していた。【闇】にかかわっていた集団を、首魁ごとすべて滅ぼしたという実績。その実績が真であれば、今回の輩も同じことであろう。私は、そう見繕っていた。希望的観測とのそしりは免れない。しかしながらガノンの放つ覇気が、我々に信用をもたらしていた。出会ってまだ一刻から二刻ばかりだというのに、おかしな話である。

「ともかく、ねぐらはこの方向でいいのだな」
「うむ。逃げ彷徨った身ではあるが、ある程度の道は記憶している。間違いなくこの方角だ」

 ガノンが、黄金色をした瞳をこちらに差し向ける。やはり不可思議なことではあるのだが、その瞳を見る度に、私は自身の決断を正しいと思えた。それだけの自信が、この蛮人からは漂っているのだ。なにはともあれ、我々は良き味方を手に入れた。先々のことはともかくとして、現在いまは希望に満ち満ちている。もっとも、彼に頼り切りでは矜持にもとるのだが。

「それにしても……」

 そうして歩み続けていると、不意に配下が口を開いた。やたらとせわしなく首を振り、周囲を窺っている。そして首を傾げたまま、言葉を続けた。

「閣下、どうにも妙に静かです。奴らが暴れ回っている形跡はおろか、隊商キャラバンや旅人の一つすら見かけません。これは、一体」
「む?」

 その発言に、私は思わず辺りを見回した。これは失策だ。常であれば斥候に周囲を見分させたりするのだが、今回はそれを怠ってしまっていた。いかに人員が少ないとはいえ、周囲に目を凝らすことは初歩中の初歩である。ましてや、違和感があるならなおさらだ。ともあれ、ぐるりと一周を視界に入れる。配下の言った通り、辺りには、なにも。

「……少し急ぐ」

 その時、ガノンが動いた。彼は一言放つや否や、たちまちの内に大股で歩み出した。無論私はそれを追う。配下もそれにならった。置いて行かれぬように小走りになる私の耳を、一つの言葉が撫でていく。

「治安の問題だけではない気がする。手遅れにならんと良いが……」

 どこか不吉なそれを、私は胸の奥へとしまい込んだ。

***

 おおよそ半刻も走ると、ようやく連中のねぐらが見えて来た。古の廃城を安普請で拠点に造り変えたものであり、崩折れている箇所も目に付く。昨日、私はここを攻め落とさんとした。そして――

「閣下、震えてはなりません」
「!」

 背中に声を浴びて、私は正気を取り戻す。危ない。思考を過去に持って行かれそうになっていた。あの敗北そのものは刻み付けねばならないが、その記憶に囚われてはいけない。武人たるもの、常に現在いま未来さきだけを見据えていなければならぬ。私は息を吐き、もう一度廃城を見る。やはり、異常なまでの静けさがあった。

「……どういうことだ」

 疑念を浮かべつつも、我々は城門を押し通る。すでにほぼほぼ崩れており、我々が手を下す必要は皆無だった。

「警戒は密にしておけ」

 ガノンが、前を見据えたままに言う。私はそれに応じ、配下に後方警戒を命じた。どういうことかは不明だが、不意討ちだけは食い止められる。そのままの集団で、我々は廃城を踏破していき――

「!?」
「ようこそ。彼らへの復讐を、目論んでおりましたかな?」

 遂にたどり着いた大広間めいた場所で、目を疑うような光景と出くわすことになった。

 床と土の入り混じった地面を彩る、おびただしい量の血液。
 あちこちに折り重なって倒れ伏す、男どもの群れ。
 そしてその中にあって、一人立っている男がいた。
 細目にして、細身の男。貧相という言葉が、良く似合う出で立ちだった。
 その癖に、男三人を前にして笑みを浮かべている。それも快活なものではない。嫌な微笑みだった。
 背筋が泡立つような、感覚。目を凝らせば、瞳の奥が――

「何者だ」

 ガノンの誰何すいかが、耳へと響いた。瞬間、男に目を奪われていたと気付く。しまった。ここが戦場だったなら。

「問われて名乗る馬鹿が、何処いずこにおりましょうや?」

 笑みを浮かべたまま、男が返す。

「……ならば剣で聞くが早いか」

 ガノンが、背から剣を抜く。やはり見立て通り、なんの変哲もない剣であった。しかし男は。

「おっと。わたくし、戦いは不得手でしてねえ。まあ、いいでしょう。復讐を望んでいたようですし、叶えてあげることと致しましょう」

 言葉とは裏腹に、さらりとガノンの一撃をかわす。そして右手を掲げ、芝居がかった態度で指を弾いた。

「欲に塗れて更に深く【闇】を望んだ結果、正気と生命を失った成れの果てですけどね」

 瞬間、周囲に複数の気配が立ち上った。目だけを動かせば、視界に入る。入る。目から光が失せ、皮膚が崩折れた男ども。そのくせこちらへの敵意は十分で、今にも襲い掛かって来そうな覇気を蓄えている。

「ちいっ!」

 ガノンが跳ぶ。男が避ける。次の瞬間、奴はもう一度指を弾いた。ゆっくりとした足音が、しかし複数襲い来る。配下が私と、背中を合わせる気配がした。戦闘態勢。

「さぁて。冥界神への土産に教えましょう。アタシの名前はパラウス。人呼んで【闇の伝道師】。さようなら」

 もはや追い掛ける余裕はない。奴の最後の声だけが、奇妙に耳に残った。

#3へ続く

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