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ガノン・ジ・オリジン(ピース・ワン) #1

 戦闘は、いよいよ佳境を迎えつつあった。
 光で身体を隠した槍の使い手が、雷さえも超える疾さでガノンへと襲い掛かる。ジグザグ機動による韜晦など一切ない、決断的な踏み込みであった。

「ぐぬうっ!」

 ガノンは攻撃範囲の広い槍から繰り出される一撃を、必死の形相でさばく。しかし槍手はそれでも怯まない。恐るべき槍さばきで、次々と技を繰り出す。そのすべてが、音さえも置き去りにしかねないものだった。受け流せば穂先を斬り上げ、弾けば今度は斬り下ろす。さりとてかわせば即座に引き、次を繰り出す。一切合切の判断が理に適っており、流れるようであった。なんたる槍手か。

「この槍さばきは……」

 ガノンは、声に出すことなく思考を巡らせる。このレベルで槍をさばける男など、彼の記憶には一人しかいない。しかしながら――

「『奴』が追手に回るだと? その方が、もっと有り得ん」

 ガノンはその可能性を切り捨てる。幾日にも渡って追われ続けた疲弊が、そうさせたのか? あるいは、彼にとっての希望的観測か? ともあれ、ガノンは脳内にてその想像を葬り去った。『彼』が敵方に回ることなど、脳の片隅にさえも浮かべたくはなかった。それだけの縁を、築いてきた。そのはずだった。

「……!」

 光芒の向こうから、再び槍が伸びる。光の塊が、それに相応しい疾さでガノンへと襲い掛かる。この戦に入ってからというもの、ガノンは一度として先手を取れていなかった。疲弊もある。相手の仔細が不明というのも大きい。そしてなにより――

「戦神に……おれは……」

 槍をさばきながら、ガノンは思考を巡らせる。その身体を包む仄かな光は、いつもよりもか細いものだった。そう。彼を護り、支えてきたはずの戦神の加護が。この戦においては十全に発揮されていないのだ。さにあらん。先に行われた一大決戦における裏切りと敗北は、彼の心さえも痛め付けていたのだ。彼が敬愛してやまぬはずの戦神への信仰。己の失策も含めて、そこに翳りが生じていたのだ。

「……」

 光芒から伸び来る槍が、さらなる加速を遂げる。いよいよ人の領域を超えかねぬ。それほどの勢いだった。武神の加護か。なんらかの紋様手管によるものか。ガノンは必死に脳を巡らせる。しかし、思考はすでに疲弊している。並列思考には、とても向かぬ状態にまで陥っている。先の可能性切り捨ても含め、ガノンはすでに現実を直視できる状態になかった。故に、思考は迷走し、過去へと伸びる。それはとうに捨てたはずの、故郷にまで……

「ああ……。おれはなぜ、荒野を……」

 彼は思い出す。荒野に至った経緯を。そこに至るまで、なにをしてきていたのかを。それはすでに遠く成り果てた過去の一片。彼の来歴の一端である――

***

 立ち並ぶ天幕、広々とした草原、そして馬ならぬ牛の群れ。それが、ガノンが生まれし時より見続けた原風景だった。

「おれは、いつかここを出る」
「そんなこと言わないの」

 ガノンは幾度となくその地を去りたいと言い出し、その度に窘められた。昔馴染みの声は、今なお耳に残っている。それが故郷、ラーカンツへと抱く最後の記憶だった。

「あなたはきっと、ガラナダ氏族に栄光をもたらすわ。だから、ここにいなくちゃいけないの」
「そんなのは、大人の言い分だ」

 ラーカンツ十四氏族、そのうちの一つガラナダを支える家に産まれたガノンは、幼き頃より類稀な体力、気力、胆力を持ち合わせていた。その姿を見し氏族の長老が、九つにして『戦神の申し子やもしれん』とのたまったほどである。しかしそれ故であろうか? ガノン自身には外への強い想いと、身を焦がすほどの野心が備わっていた。己を試したい。外の、広い世界を見てみたい。そういう野心が、備わっていた。同時に、戦神への弛まなき崇敬。そして、それに見合った鍛錬も。

「かもしれないわね。だけどあなたは、鍛錬を欠かさない。今だって、棒を振っている。千を越えたのに、まだ振り上げている。それは」
「違う。戦神への捧げ物だ。戦神は常に己を磨く者、戦地に身を置く者のみを愛するという。背を向ける者、怠惰に振る舞う者には罰を与えるという。ならば」
「……」
「たとえ今すぐではなくとも、おれは必ず外に出る許可を得る。そうして外を見て。おれはおれを、鍛え上げるんだ」

 口ごもってしまった女に対し、ガノンは決然とした言葉を投げ掛ける。時にして、齢十と三つ。しかしながら、その体躯と口ぶりは、あまりにも歳に見合わぬものであった。まず彼は、氏族の中でも極めて大柄であった。知らぬ者が見れば、成人と見まごうほどである。続けて、その膂力があまりにもずば抜けていた。氏族の大人を相手に組み合って、容易く打ち勝つほどだった。そして、胆力もまた豪胆であった。大人に交じって狩りへと赴き、単独にて獣を仕留めること複数回。すでに氏族の中でも、一廉の者として名が知れつつあった。

「差し当たっては、来年の祭りだな……」

 ガノンは棒振りを止めると、黄金色にけぶる瞳を地平線へと差し向けた。その彼方に、彼は野望をくゆらせる。ガノンたち南方蛮族……もとい、ラーカンツの氏族間では大祭が行われる。二年に一度行われるその行事では、戦神に戦を奉納する催しがあった。ガノンが目指すのは、その催しへの出場。そして奉納戦勝利者への栄誉をもって、外界へ出る権利を勝ち取ることであった。

「……」

 ガノンは、沈みゆく陽を見ていた。あの向こうに、外の世界がある。広大な世界と、己では想像もつかぬ強者がいる。そう信じ、再び棒を握る。そんな彼の視界に、昔馴染みの姿はまったく入っていなかった。

#2へ続く

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