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大坪美穂展トーク「大坪美穂の作品とアイルランド」報告 


展覧会フライヤーより

2024年4月13日から5月26日まで東京の武蔵野市吉祥寺美術館で開催された「大坪美穂 黒いミルク/北極光・この世界の不屈の詩」展の関連イベントとして、5月11日に「大坪美穂の作品とアイルランド」と題するトークを、大坪さんと行いました。

大坪さんは、パウル・ツェランの「黒いミルク」の他に、ファラオの娘 ヌーラ・ニー・ゴーノル詩集大野光子訳、思潮社、2001年)に収録されたアイルランド語詩「黒」など、ヌーラの詩からもインスピレーションを得て、優れた作品を発表してきました。それらはアイルランドでも評価され、2021年冬に招待を受けてゴールウェイ・アーツセンターで個展を開催し、現地の鑑賞者たちから高い評価を得ることができました。

トーク当日は吉祥寺美術館内の講演会場に定員60人をはるかに超える人たちが集まって熱心に耳を傾けてくださり、後で、大坪さんの作品世界の理解と共感を深めることができたと、嬉しい感想をいただきました。その中でも、早稲田大学文学部教授栩木伸明先生からの感想は、現代アートを難解だと感じがちな人々にとっても大いに参考になると思い、先生の許可を得て引用させていただきます。


ぼくはトークの開始時間ぎりぎりに駆け込んだので、お話を聞いてから作品を見ました。大坪さんの作品がそこに「ある」というよりは「来ている」感じがして、時と場所をともにして行き会えたのを喜ぶ気持ちで向き合いました。「黒いミルク」と「黒いオーロラ」のテーマは重いけれど、ミルクの群像の重たさをオーロラの軽やかさが天に結びつけている感じがあって、作品に向き合う鑑賞者は自分の記憶や体験との連想のままにときを過ごすうちになんらかの解放感を得て、展示室を出るのだと思います。
「黒いミルク」は距離によって見え方が変わる作品でもありました。部屋に入って全体を見ると神殿に居並ぶ死者たちの群像に見えるのですが、近づいてみると、ひとつひとつの衣服の細部が見えてきて、そこにいる他者達は畏怖の対象ではあるけれど、個々の人の日常というか、ふだんの営みがかいま見えてくるようにも思えるのです。
 文学でもそれ以外の芸術でも、すごく個人的なものが普遍へ突き抜けることがありますが、「黒いミルク」はまさにそれだと思いました。きっかけはお母様の追悼だとお聞きしましたが、作品を見る人はホロコーストやジャガイモ飢饉や自分自身の個人的な経験とつなぐ見方をするわけで、「黒いミルク」はいつのまにかもうここにはいないすべての死者を思い出し、追悼する鏡になっているのでした。大坪さんの作品はとても大きな鏡に変容したのですね。


会場内での写真撮影は禁止でしたが、大坪さんから私に送ってくださった中から2枚だけ、ご披露します。(この写真の無断転載などは禁止させていただきます。このサイト内だけでご覧ください。ブログ記事自体のシェアはウェルカムです。)

展示作品
展示作品

トークでは、ゴールウェイ展のオープニングでのゴールウェイ大学リオナ・ニー・フリール先生による主催者挨拶を翻訳して、紹介しました。その一部を下に引用しますが、3年前の彼女のスピーチが、当時予想だにしなかったロシアによるウクライナ侵攻、そしてパレスチナのジェノサイドと、現在までも続く人道的危機にある世界に生きている私たちへの真摯な警鐘となっているのに、改めて感銘を受けます。


この会場に入った観客は、親密な空間で不穏な光景に直面します。
しかし『黒いミルク』は、観客が過激な暴力の犠牲となった者たちへの同情に浸ることを許してはくれません。私たちの享受している特権的な場所と同じ地図の上に、どのように他者の苦しみが存在しているのか、それを考えることも同時に求めるからです。
この親密な空間で、これらのやせ衰えた身体を前にして、見る者は自分自身の責任を問われているのです。同じ人間である人々の苦しみに、私たちはどのように関与しているのでしょう?
私たちが彼らの苦しみに加担しているとすれば、それは消費者としての私たちの選択、政治的な立場、あるいは単なる無関心や無気力の結果なのかもしれません。


アイルランドの詩からインスパイアされた大坪美穂さんの作品世界が、アイルランドに良き理解者を見出したのは、当然のことと言えるでしょう。そして、彼女の作品を前に日本に住む私たちは「今の世界をどう生きるのか?」と問われているのも、間違いありません。


追記:2021年冬にアイルランドのゴールウェイ・アーツセンターで開催された個展については、アーツセンターの当時のサイトを見つけました。

同センターは、次の動画も発信していました。

さらに、現地メディアにも取り上げられました。

Connacht Tribuneより

なお、本来なら前年の2020年春に開催されるはずだった展覧会が、 Covid19で中止になった時、小高雄平さんの協力によって制作発信したビデオ「Arts Transcreation Ireland-Japan」もこちらでご覧いただけます。後半には、2019年に行なわれた二代目高橋竹山さんと小田朋美さんによる津軽三味線とピアノのコラボレーションも含まれています。

なお、今回の「大坪美穂 黒いミルク/北極光・この世界の不屈の詩」展開催に先駆けて、大坪さんがいかに作品を展開してきたか、またアイルランドでどう受け止められたかをまとめたエッセイ、「『黒いミルク』から『北極光・プネウマ』へ ―大坪美穂展とアイルランド詩―」が『現代詩手帖』4月号(思潮社)に掲載されていますので、機会があればお読みいただけると幸いです。
(大野光子)




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