見出し画像

十年目のアンジー #6/短編小説

暗幕の隙間から差し込む光に、埃が漂っているのが映し出されている。いっせいに暗幕が外されると、窓越しに見える雨曇の向こうに青空がのぞいているのが見えた。窓が開放された教室はうっすら肌寒かった。

男子は壁に見立てた黒い段ボールを足蹴りしながら、お化け屋敷の破壊をしていた。片付けとは程遠い。高校生のくせに、幼くてバカみたい。そうやって悪ふざけをしている男子の横で、口うるさい女子がヒステリックに怒っている。

私は肩より長い髪をヘアゴムで一つに束ね、崩した段ボールをひとまとめにした。クラスメイトは口々に「学園祭楽しかったね」と、からから笑っている。「そうだね」と、ようやく終わった開放感が嬉しくて私は笑った。

教室の隅では、打ち上げのカラオケ大会の話の輪が出来ていた。

「妹尾さんも打ち上げ来るよね?」
「あー、ごめん。今日雨だったからバスで来たんだよね。帰りのバスがなくなると悪いから、私パス」

手のひらを合わせて「本当は行きたいんだけど」と、さも残念そうにした。雨降りを口実に出来てホッと胸をなで下ろす。私は早く家に帰って休みたかった。

バス停近くの歩道で、雨上がりの水たまりに雲が映っている。県道を走る車がタイヤで水を跳ね、アスファルトに映る空を裂いていた。バス停には数人の同じ制服が帰りのバスを待っていたけれど、言葉を交わすことなく私はイヤフォンで耳をふさいだ。ディーゼルエンジンの音が近付いてくる気配がしたので顔を上げると、バスが歩道に寄せて停まるのが見えた。

排ガスの匂いが少しする車内の右窓際に座り、乾いたビニール傘の紐を留めた。髪を束ねたうなじが冷える。ヘアゴムをほどき、傘の柄に丸めた。

この路線バスは、音楽を二曲ほど聴くとあの陸橋を渡る。兄が最期に見た風景の頂上に差し掛かると、車線をはみ出した乗用車が向かってくる気がした。この場所を通るたび、この幻想は私の頭の中でリピートされる。夕空の景色が流れる車窓に頬杖をついて、対向車線を走る乗用車を見送った。

陸橋の下り坂に差しかかると、車窓の進行方向右側にバイクが停まっているのが見えた。鮮やかな黄色で、思わず直視してしまう。そこはいつも父が花を手向けるガードレール付近だった。

「送り主の知れない花が置いてあるのよ」

母が話していたのを、とうに忘れていた。

左手にヘルメットを持った黒いダウンとデニムパンツ姿が、紫煙を上げながら地べたに置いた花と会話をしている。勢いあまって鈍い音を立て、車窓におでこをぶつけてしまった。車窓に顔を押し付けたけれど、後ろ姿の顔は見ることが出来ない。その姿は遠ざかり、どんどん小さくなっていく。私は慌てて何度も降車ボタンを押した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?