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アカツキに憧れて

アカツキジャパンがパリ五輪出場権を獲得した翌日、私は観客席でカメラを握りしめたまま、祈っていた。

残り14.2秒。
タイムアウトでベンチに戻った選手達に、コーチからの檄が飛ぶ。

「守るぞ!!」

33−32
リードは1点。
ボールは相手チームが持っている。

守りきれるだろうか。

シートが入れば逆転される。
向こうはなりふり構わずゴールを目指してくるだろう。こちらも必死で守る。しかしファウルをすれば相手にフリースローが与えられる。2本のフリースローを両方外すようなチームではない。

死守か、逆転か、延長か。

ファウルをせずに守りきるには、14.2秒はあまりにも長い。

瞬きができない。
息が上手く吐き出せなくて苦しくなる。

守りきって。

ただ祈るしかない。



県内外から男女合わせて24チームが参加したミニバスのカップ戦は、二日間の激闘の末、決勝戦が行われていた。一日目のリーグ戦で1位通過をした三男のチームは、トーナメントも順調に勝ち進み、決勝の舞台に立っていた。

「この大会で優勝したことがない。名前を残そう」

前日、コーチから告げられた言葉に私は驚きを隠せなかった。小5三男が今のクラブチームに入ったのは3年前。本気でこの子がバスケをやっていけるのか、試す気持ちもあって、あえて強いチームを選んだ。そのチームが数十年の歴史ある大会で優勝をしていないのが意外だった。

すぐ辞めるかもしれない、辞めたら兄達と同じ小学校の部活に入ればいい。そんな気持ちで入ったチームは、総監督、コーチ陣、チームメイト、全てが三男に合っていたようで、この3年間「辞めたい」と言ったことはなく、むしろ「もっと練習したい」と言うようになった。

高学年になり、Aチームとして活動するようになってから、練習は格段に厳しくなった。週末は大会や練習試合で埋まり、経験を積むにつれ、自分の不甲斐なさに悔し涙を流す日も増えた。

そんな中、勢いのある6年生の足を引っ張らないよう、自分にできることは何かと考えた結果、三男が出した答えはディフェンスだった。

『チームのためにディフェンスをがんばります』

チーム同士で交換するメッセージカードに三男はそう書いた。160㎝を有に超える子がゴロゴロいるミニバスの世界で、5年生の平均身長にも満たない小さな身体は不利だ。もちろん身長差などもろともせず華麗に抜き去っていく子もいるが、今の三男にはそんな技術もセンスもない。

「少しでも試合にでたい」

ミニバスでは『10人以上が少なくとも6分間は試合に出場できる』というルールがあり、逆にいえば主力であるベストメンバーが24分間ずっと出場することができない。主力5人と、他に5人以上、最低10人の出場枠を得るために、三男はディフェンスと本気で向き合った。

「離れすぎ!もっと詰めろ!!」
「すぐ諦めるな!二線はどうした!!」
「ハーフまで耐えろ!!」

あらゆる場面で怒られ続け、その度に唇を噛んで下を向いた。それでも再び顔を上げて相手を睨みつける三男は、甘えん坊な末っ子ではなく、チームの一員として「絶対に守るんだ」という気迫に満ちていた。

そんな努力が認められたのか、試合に出る回数は徐々に増えていき、ベストメンバーが出られない時間帯を任されるようになった。2クオーターに登場する三男は、一番小さい。それでも一線で抜かれないようにしつこく食らいつき、オフェンスではメンバーの為に身体を張る。それが三男の役割となっていた。


「シュートもしようよ」

大会一日目の夜、夫からそう言われた三男は「でも、だってさ…」と口籠った。自分なりにデフェンスに自信が持てるようになったものの、オフェンスはまだ自信がなく、打てるチャンスがあってもすぐにパスをする三男に、夫の不満は募っていた。

「今はそれでもいい。でも来年、今の6年生がいなくなったらどうする?」

三男は目をぐるりと回転させて、言葉を探す。

1ヶ月前、ひとりの6年生が辞めた。優勝して、個人賞をもらって、笑顔で写真に納まったあと、コーチに「今日で辞めます」と告げたのだ。メンバー誰一人と彼の決意を知らず、その突然過ぎる出来事に、子供達は「えっ?なんで?嘘でしょ?」と戸惑い、保護者は皆言葉を失った。

それからチームは低迷していた。今まで勝っていた相手に苦戦を強いられ、負けも続いた。それでも後ろを振り返る暇はない。みんなで前を向いて挑む中で、「今の6年生がいなくなったらどうする?」という言葉は、少なからず三男の心に響いたのだと思う。

「シュート、がんばってみる」

そう約束した三男は、大会二日目、果敢にゴールに向かって挑み、決勝戦で2本のシュートを決めることができた。

たった2本のシュート。
それでもディフェンスに徹していた三男が、一歩前に進んだ瞬間だった。

ベンチに戻った三男は汗を拭き、水分を摂り、大きな声で応援し続けた。前半からずっとリードされ続けている得点は、3クオーターが終わった時点で5点ビハインド。

追いついて。

強いドリブル。速いパス。ぶつかり合う身体。流れる汗。
コート上だけではない、ベンチで応援している選手、みんなで戦っていた。

中盤、ついに逆転した。しかしその勢いを相手が止める。すぐにシュートを決められ、また逆転。1点を追いかける展開に、私は写真を撮ることができなくなっていた。

残り57秒。
再び逆転。

ウワッと会場が湧く。ベンチで飛び上がる選手達。両手を突き上げ叫ぶ保護者。

でもまだ終わっていない。
喜ぶ間もなく、ベストメンバーはディフェンスに戻る。

「タイムアウトです!」

ゴールを外れたボールがコートの外に出た瞬間、相手チームがタイムアウトをとった。残り14.2秒。このまま守りきれるか。

三男はベストメンバーが指示を受けている間、氷嚢を首元にあてて冷やし、スポーツドリンクを手渡し、さらにお茶がすぐに飲めるように水筒の蓋を開けて待機していた。そしてタイムアウト終了のブザーが鳴ると、肩を叩いて「頑張れ!」と送り出した。

短い時間の中で、自分に出来得ることを、全力でやり遂げた三男を見て、私は『守りきれるか』と思った自分を恥じた。

信じているんだな。

三男は信じている。今のメンバーを。だから決勝戦でシュートを決めることができたのだ。私も信じよう。このメンバーを。このチームを。三男が信じている全てを。一緒に信じよう。

私は握りしめていたカメラを顔まで上げて、ファインダーを覗いた。

勝利の瞬間はもうすぐだ。



「お願いがあるんだけど」

私は6年保護者に聞いた。

「日本代表みたいに撮りたいんだけど、いい?」

前日、パリ五輪出場権を獲得したアカツキジャパンは、渡邊選手がセンターで国旗を持ち、その周りを選手・コーチ・スタッフが囲んでガッツポーズをしていた。その写真が素晴らしくて、今日優勝したら同じように撮りたいと密かに思っていた。

「もちろん、いいよ!」

6年保護者は即諾してくれ、私は子供達に「日本代表みたいに団旗を前で持って撮るよ!後ろの子達は両手を上げてガッツポーズしてね!」と叫んだ。

14.2秒を守り切った子供達は、いつもと違うポーズに緊張したのか、少し硬い表情で、「ゆるく持っていいよ」と言った団旗もピーンと張っていて、描いていたイメージとはかなり違っていたけれど、後日更新されたホームページトップに載ったその写真は、とても力強く見えて、私は心からこのチームが好きだと思った。





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