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【短編小説】魂売り

「はいはーい、魂、魂はいらんかねー」
 今日も魂売りがやって来た。
 ここ天国では、定期的に魂の売買が行われる。
 魂は言わば現世への切符のようなものだ。
 魂を購入して現世に行き、そこで受けた生を全うした者は、基本的には天国に送り返される。
 天国の住人は、ちょっとしたアトラクション感覚で現世に行くのである。
 天国での記憶は現世に持って行けないが、現世の記憶は天国に持ち帰れる。
 天国ではもっぱら現世でどんな経験をしたかが話題になる。

「おっ、魂売りが来たぞ。また現世に行ってみようかな」
「あれ、もう現世は懲り懲りだってこの前言ってなかったっけ?」
「ここ最近貧乏クジばっかりだったからな。でも今度こそいい暮らしができると俺は踏んでるんだよ」
「だといいけどね。この前は何に生まれたんだっけ?」
「ゴキブリだよ。他の生き物に見つからないように生活するのはまあまあスリリングだったけど、ネバネバのトラップに掛かっちまってさ。動けないまま飲まず食わずで過ごすのはしんどかったぜ……」
「ああ、そんな話だったね。ご愁傷様。その前は確かセミだったっけ」
「そうそう。寝てばっかりでひたすら退屈だったよ。その点お前はいいよなぁ。前回はネコだっけ?」
「そんなにいいもんじゃなかったわよ。野良ネコなんて気楽そうで羨ましいってよく言われるけど、その日食べるものを探すのにも必死だし、夏は暑いし冬は寒い。目ヤニが常に溜まってて汚かったり体中ノミだらけで痒かったり……それに車に轢かれた仲間も何匹もいたわよ」
「そうか……結構過酷なんだな……」
「人間に飼われてるペットになるのが一番快適かもねぇ」
「あ、人間といえば。何回か前に久々に人間に生まれたんだけど、やっぱりあれは退屈しなくて面白いな」
「まぁそうかもね。でも私はしばらく人間はいいかなって思ってるよ」
「なんでだよ! 美少女に生まれてみんなにチヤホヤされたんだろ? 大当たりじゃねぇかよ。俺も経験してみたいぜ」
「……あんた、肝心のオチを聞いてなかったのね。見た目が良かったせいで変な男にストーカーされて、結局意味の分からない逆恨みで刺されて終わりよ。なんなのよあれ。まだ納得いってないんだからね」
「うわぁそうだったのかよ。勿体ねぇな」

「魂、魂だよー。何に生まれるかは買ってからのお楽しみだよー」
 魂売りが行ってしまう。
「あ、いけね。買いに行かなきゃ」
「いってらっしゃい。また土産話を聞かせてね」
 一人が立ち上がって魂売りの方へ駆け出していった。
 魂売りから買い物をした彼は、光に包まれてやがて消えた。
 現世に移動したようだ。

 取り残されたもう一人は、現世に思いを馳せていた。
 そういえば、人間として生きている時に「死んだら自分はどこに行くんだろう」と真面目に考えることが時々あった。
 輪廻転生なんて言葉もあったが、人間である自分はそんなものを信じてはいなかった。
 しかし蓋を開けてみればこのとおりだ。
 天国と現世が実は本当に輪廻転生のようなシステムで回っているなんてことを、現世で生きている人間は知る由もない。
「実はこんな仕組みになってます」と伝えられたら面白そうだけど、残念ながらそんな方法は存在しない。
 まあ、世界には知らない方が幸せなことが多く存在するわけで、これもそのうちの一つなんだろう。
 何も知らないから、みんな現世の生活を一度きりだと信じて懸命に生きているのだ。だからこそ現世は面白い。
 全てを知ってしまった私達は、ここ天国で毎日を退屈に過ごしている。
 ……さてと。
 ここにいても仕方ないし、私もまた近々現世に行くとするかな。
 次は何に生まれるんだろう。

 * * *

 現世とも天国とも違う別の世界。
「魂はいらんかねー」
 魂売りが魂を売り歩いている。
 そこに客が一人やって来た。
「おう、魂ひとつ売ってくれや」
「はあい。天国行きの魂、お買い上げありがとうございます。行ってらっしゃいー」
 客は光に包まれて、やがて消えた。

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