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【短編小説】紙のタイムカプセル

 年末の大掃除をしていたら、本棚の中から古めかしい手帳が出てきた。
 二十年近く前の手帳。私が大学生の時のものだ。

 ところどころ紙がくしゃくしゃになっている。昔持ち歩いてた時に鞄の中で折れてしまったのだろう。
 それらを丁寧に手で伸ばしながら、ゆっくりとページをめくってみる。

 細かい文字で大学の講義スケジュールやバイトの日程などが書き込まれている。
 講義の名前を見ても、今となってはどんな内容だったのかあまり思い出せない。
 だが講義を受けた教室の風景はぼんやりと頭に浮かんでくる。

 これは就活で東京に行くためにメモした新幹線の時刻だな。
 赤い文字でレンタルCDの返却期限日が書かれている。そういえば延滞料金で懲りたこともあったっけ。
 当時流行したSNSのパスワードと思しきメモがある。こんなところに書いて、不用心なことだ。

 生活の些末な一部が次々に思い起こされて懐かしくなる。

 そういえば最近は文字を書くことが少なくなった気がする。
 仕事ではもっぱらパソコンを使っているし、スケジュール管理はスマホで行っている。
 手帳を使わなくなったのはいつからだろう。

 昔を懐かしみつつ日付のページをめくり終え、何も書き込まれていない自由記述のページに到着した。
 そうだ、またいつかこの手帳を開いた時のために。
 そう思いペンを探した。
 しばらく使っておらずインクが出るかどうか分からないペンを一本見つけ、カチッとノックした。紙に当てるとやや掠れるもののインクは出てくれた。
 掠れた下手くそな文字で、真っ白なページに今日の日付と年末大掃除の合間に久々に手帳を読んだことを書き込んだ。
 ぱたんと手帳を閉じて元あった場所に戻す。
 次にこれを見る時は、今日のことも懐かしく思い出すことができるかもしれない。

 古い漫画が出てきて掃除の手を止められることはよくあったが、手帳でも同じことが起こるとは。
 私は中断していた掃除を再開した。もう終盤に差し掛かっていたので、残すところはあと少しだ。
 もうすぐ新しい一年が始まる。
 そうだ、掃除が終わったら来年用の新しい手帳を探しに本屋に出かけるのもいいかもしれない。

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