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【短編小説】塔に棲む少女
この世界のどこかに、大きな大きな塔があるといいます。
いったいいつ、誰の手で、何のために作られたのかも分からない古い塔です。
満月が出る晴天の夜にだけ姿を現すという不思議な塔。
そこは呪われているとか、悪魔が棲んでいるとか噂されていました。
人々は口を揃えて「決して人が立ち入ってはならない場所だ」と言うのでした。
とある小さな村に住む少年は、幼い頃から外の世界への憧れを抱き続け、やがて青年になりました。
大人になった証として世界を旅して、見たもの触れたものを一つ残らず書物に書き記すのだと言い、彼は村を旅立ちました。
何日もかけて森と丘を踏破し、密林を潜り、砂漠を横断し、沼地を抜け、火山を越えました。
先人の残した地図の端を超えて、いよいよ青年は未知の世界を旅しているところでした。
自分が一体どこにいて、どこに向かっているかも分からなくなりそうです。
ひどい嵐の中を、息も絶え絶え這うように進んでいたその時です。
突然嵐が止み、眼前には息を呑む満天の夜空が広がりました。
空に浮かぶ星々が際限なく瞬き続け、目眩がするほど明るい空。そしてそんななか一際美しく巨大な満月が爛々と輝いていました。
塔は、そんな満月を頭上に掲げてそびえ立っていました。
村で聞いたあの塔だ。
青年はそう確信し、何か不思議な力に引かれるように塔の中に入っていきました。
塔の中は、外壁の内側に沿うようにして螺旋状の階段がぐるぐると続いていました。
いくら見上げても漆黒が広がるのみで、頂上の様子を窺い知ることはできません。
青年は、その階段を登り始めました。
永遠とも思えるほどの長い時間が経ったような気がします。
何段登ったかを数えるのも、いつの間にかやめてしまっていました。
頂上は何の前触れもなく現れました。
一歩踏み出すとそこにはまた満天の夜空が広がっています。
地上よりも星と満月が近くで輝いているように見えました。
「ようこそ、いらっしゃい」
透き通る声がどこからか響き、青年は思わず周囲に視線を走らせました。
すると塔の頂上の端にぽつりと、白い少女が佇んでいました。
髪の毛、肌、衣服、すべてが純白で、およそこの場に似つかわしくない格好のように見えました。
ただ一点、彼女の目は紅く光っていました。
少女の周囲が不自然に白くもやがかかったようにふわふわしています。
「こんなところに人間が来るなんて、いつぶりかしら」
少女は目を細めてにっこり微笑みました。
そして青年の身なりをちらと観察しました。
「あら、あなたは旅の人?」
そう尋ねられた青年は、私は世界中の全てを記録したくてここまで来たと話しました。
それを聞くと少女はどこかがっかりしたように俯きました。
「貴方は私が待っていた人ではないみたい」
一言そうつぶやいた後、少女は少しだけ口角を上げ、静かに笑いながら言いました。
「でも、せっかくここまで来てくれたんですもの。特別な景色を見せてあげるわ。この素敵な場所、綺羅星のように舞い散る光……その全てを貴方の記録に残して頂戴」
「未来永劫、誰もそれを読むことは叶わないでしょうけど」
笑う少女の口からは、真っ赤な舌がちらりと覗いていました。
すべてが純白の姿の中でただ二点、強烈な真紅の色彩を放つ目と舌。
ちらり、ちらり。
ひどく不釣り合いで、一際美しい真紅の舌を踊らせながら、少女は嗤いました。
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