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登校選択制。割とみんな望んでいるのに採用されないわけを考える

もう1年ほどになるけど、この活動の行方が気になっている。一生懸命活動されているし、決して他人事ではないので気にはなっているけど、なかなか先には進まず、最近デルタ株が流行ってようやくオンライン授業が始まったという感じ。うちの市でも感染不安でお休みする子は出席停止扱いにするらしい。オンライン授業は自治体差が結構あるなという感想。

で、親御さんの様子を見ていると「一斉休校すな!自主休校しとれ」派と「できれば一斉休校!でも仕方ない自主休校するわ。くっ…!」派で分かれている。エッセンシャルワーカーと呼ばれる生活に欠かせない職業の方のことを考えると、まぁ一斉休校は厳しいよね。で、この分断を概ね平和的に落ち着かせる策が「登校選択制」という「家でもオンラインで授業に参加したら出席扱いにするよ」というもの。検索すると「学校選択制(校区に左右されず好きな学校に登校する)」とごっちゃになって出てくるだけど、違うそうじゃない。

世の中、いじめや健康の問題で登校したくてもできない子はたくさんいるので、コロナがなくても採用してよ、とは思う。だけどコロナがかなりヤバい雰囲気になった年末頃も、デルタ株がヤバい今でも、国としては取り組みがない状態。「ふざけんな国!うんち!」と憤慨しているご家庭も多い。

ここで「なんで採用されないの?」を考える。見た感じメリットしかなさそうだし、そもそも、ぶっちゃけオンライン授業で満足するなら大人はラクチンだと思うから。

コロナ以前から、教員の負荷問題があった。部活やら資料作成やらで忙しいのに、教員になる人も減ってる。ブラックやでほんまに、という問題があって、そこにオンライン授業の準備まで加わったらもうどうなっちゃうんだ~!!というのが現場の声だと推測する。しかも教員=ほとんど教育学部の卒業生なので、オンライン環境のことなんて素人だろうし。更にここに加えてひとつの学校にご家庭からのアクセス、しかもliveのアクセスが集中したら、相当の通信設備でない限りパンクする。その逆もしかりでマンションとか格安プランの通信環境でご家庭から接続しても、満足なオンライン授業は実現できない。「んんん?カクカクやわ」でいろいろいじっているうちに授業終了である。

「うるせー!国か自治体が金出してポケットWi-Fiでも配りなさいよ!」となるけど、この解決策は一応ある(と思う)。国がYouTubeにでも各学年向けの授業チャンネルと動画を作ればいい。1点集中なら増強する環境は1つ。粒度が気になるなら各県ひとつ、オンライン校を作る。授業についてはしまじろうの会社あたりに委託する。なんか国と仲良さそうだし。ご家庭ごとの通信環境はlive配信以外の方法が取れるので負荷分散するから、そこでもどうしても通信環境に不安があるご家庭にポケットWi-Fiを配る。まぁ私用で使われるかもしれないからここは別途考えないといけない。

「おおいいじゃん。じゃあできるよね!やらないのは怠慢!」となる。そう。やればできるはず。不登校の子や健康不安の子も安心材料が増えるね。集中してやればゆくゆくは教員の負担減にもつながるのでは?となるのに、文科省は頑なにやらない?怠慢か?と、ここで更に「なぜやらないか」を考える。

個人的に考える「やらない理由」

・対面から得られる精神面の成長機会
・少子化する子供を一人でも拾い上げる
・学校というセーフティーネット。登校を再開できるか

オンライン授業って全然やってないわけではないんだよね。高校は通信制があるし、大学は放送大学があって、むしろ昔から用意してある。今回問題なのは小学校~中学校の義務教育期間のはなし。まぁ簡単だけど、この期間は精神面が成熟していなくて、人と関わることで成長する大事な期間。更に給食で貧困家庭や虐待されている子供の最低限の栄養価を補っている。高校からは一応働けるけど、中学生まではそうもいかないもんね。

小学校の低学年なんて登下校すらままならないのに、子供だけでオンライン授業なんて無理でしょ。親御さんがついててあげなきゃ通信異常になったときでも助けてあげないといけないし。

で、個人的に思うのは、よく登校選択制させないのは国が子供のことをないがしろにしているからだ、というけど、むしろ逆だと思う。ぶっちゃけ、さっき書いた通り大人にとってはラクチンにもなれるオンライン授業は子供のことはさておき大人には都合がいいものでは。子供が見てるか見てないかは知らんけど、とりあえず授業はやったからな!出席にもするわ!という学習面のみの担保で済むならそれでいいじゃん。しかも全人口でフルタイムで母親が働いている比率はかなり低い。つまり大半は子供を家でも毎日じゃなくても見られる世帯が多いから、国が主体になってやれば支持率も期待できると思うのね。ワーママなんて肩身の狭い存在ですよ…。

でもやらない。それは上記を取り組むことでオンライン授業のデメリットを受ける子供を見逃さないためでは、と思う。オンラインは合う人には合うけど合わない人には全然合わない。病む。私もずっと在宅勤務だけど、もし一人暮らしだったら病んでいる。しかもそれが対面から学ぶ成熟期だったらどうしようもない。まぁ全員じゃないだろうし、自主休校させてる親御さんってたくましいから、そこをなんとか乗り越えるとは思うけど、そうじゃない人でなしのような親もいて、そんな子を少子化進む日本で量産したらもう地獄の沙汰ですわ。「登校したくてもできない」子がコロナ禍が終わったりいじめが解決したとき、健康になったときに登校に戻れればいいけど、そこを「登校することが都合が悪い」親は存在する。これが一番厄介。

そう考えると日本はある意味、過保護ともとれる。「勉強苦手・嫌いな子は学校でなんとかまかなってるから、それもなくなればそれまで」とは正直その通りで、でもそういう子もなんとか拾い上げようってのがあるんじゃないかな。

どうしたらよいかを考える

ここをクリアするための案として、教育現場でもう少しカウンセリングに力を入れないといけないと考える。オンライン授業でコミュニケーションの機会が減ってしまうことの問題をクリアするため、心の健康観察を随時行う。なるべく、教員ではなくカウンセリングを専門にしている方が行うのがよい。虐待家庭を見逃さないという意味でもある。(児相の負担問題もあるからなぁ…日本ってこのへん問題多いよね…)。

それにしても、日本って根性論が強いからか、外国ほどカウンセリングに熱心じゃない気がする。カウンセリングというとイコール精神科みたいな空気。病気扱いというか。でもそうじゃなくて、オンラインでも話を聞いてあげるという「間接的対面」の場を用意することが、教育現場だけでなく国民全員に必要なのではないかなと思う。オンライン飲み会は大人には流行らなかったけど、ゲームを混ぜたりしたら子供にはひっかかるんじゃないかな。

素人で考えてみたけど、「んなことわかっとるわい。それでできるならやっとるわ」という点は必ずある。その点を明らかにして、なんとか多数を救うアイデアを出して、登校選択制が実現したらいいと思う。


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