見出し画像

ハタラクヒトの頭の中/INTERVIEW vol.7 せら課長

傍楽出版(ハタラクシュッパン)の山中 真琴です。
ここでは、活き活きとハタラクヒトに色々なことをお聞きしてます。

今回は、株式会社Omoitsukiの代表取締役である、せら課長にお話をお伺いしました。彼は、会社員をしながら、夢の実現のために、36歳の時にTwitte運用を始めました。そして、驚異の「巻き込み力」で短期間で ファンを増やした方です。そして、37歳の時に独立。現在は、フォロワー数5.6万人超え。SNSのコンサルや運用代行をメインに、様々なことに挑戦され続けています。年齢は言い訳にならないことを体現されている方です。

💎こちらは、5分程度で読めます。
💎この記事をいいなと思っていただいたら
 「♡」(右下のスキ)を押していただけると嬉しいです。

夢も希望もなかった大学時代

━━ 大学時代は、どんな学生だったんですか?
大学に行かずに、バイトをして遊んでるだけの学生でした。「とりあえず大学だけは行け」と言われて、進学はしたものの、自分の偏差値もすごく低かったし、勉強しなくても入れるところに行きました。特にやりたいこともなかったので、適当に文学部を選びました。1年生の1学期の始めと、試験の前後くらいしか行ってなかったですね。友達に出席カードを書いてもらっていました。勉強しててもよくわからないし、やりたいこともないし、大学もそんなに面白くないと思ってました。学費を稼ぐために、バイトを3つ掛け持ちして、友達と遊んで...という生活を送ってました。何もやりたくなかったし、入りたい会社もなかったので、就活も特に力を入れていませんでした。

━━ そうだったんですね。就活はされたんですか?
マジで何をしていいか分からなかったので、マイナビやリクナビで、ギリギリまで募集が出ていた会社を受けました。大学4回生の夏休みとかだったと思います。営業を募集していました。入社1年目から年収1千万の人もいて、年齢とか経験じゃないという会社でした。営業はやりたくなかったけど、バイトの掛け持ちをしてたし、稼ぎたいというのもあったから「やってみるか」って思ってね。応募したら、受かりました。大きな会社だし、実際に内定をもらったらワクワクしてきて、頑張ろうという気持ちでしたね。

新卒1社目は、ブラック企業

━━ どんな会社だったんですか?
不動産を売っている会社なのですが、すごいプレッシャーの強い会社だなぁって、入社して思いました。それと同時に、他の会社を知らないので「こんなもんかなぁ」とも、正直思ってましたね。毎朝3時間くらい怒鳴られたり「お前には、存在価値ないやろ」みたいな感じで、激詰めをされたりとか...結構やばかったですね。だけど、契約を取れてたら、全く何にも言われない世界でした。あと、契約が取れてなくても、アポイントが取れてるとか、目に見える数字を出してたら大丈夫でした。だから言われないように、頑張ってました。ただ、1年目の契約はゼロでした。実は初めて契約を取れたのが2年目です。1年目は、本当に苦労したし「なんで、契約が取れへんのやろう?」「どうやったら、いいんやろう?」って、ずっと色々考えてましたね。

━━ やめたいなって思ったことありますか?
なかったです。上司に対して、「何くそ!」と思ったこととかはありましたけどね。そんな時は、同期と一緒に毎日飲みながら、励まし合ってました。結局その会社には、5年2ヶ月いました。

━━ どうして退社されたんですか?
不景気になって「このまま、ここにいて良いのかなぁ」って思ってる時に、子どもが生まれたんです。ちょっと珍しい病気があることが分かって、医療系の会社に行きたいと思うようになりました。当日勤めていた会社は、今で言うブラック企業で、休みもないし夜も遅かったので。製薬会社は、ホワイトだし、収入はちょっと落ちるけど、その方がいいと思いました。あと、医療の知識を得たいし、その分野に携わりたいなと思って、医療業界に転職しました。

2社目で学んだことが、今の土台

━━ そうだったんですね。2社目はどんなところだったんですか?
本当に、いい会社でした。自分の今のベースを作ってくれたところです。Twitterで書いている「尊敬する上司が〜」とか「上司に言われた一言が忘れられない」みたいなのは、基本この製薬会社の時のエピソードです。自信を持たせてくれたし、色んなスキルを身に付けさせてくれました。リーダーシップ、他の人を巻き込むこと、人前で話をすること、プレゼンをすること、ビジョンを語ることなどを教えてくれました。あとは、そもそも「ミッション・ビジョン・バリュー」がなぜ大事なのかとか、WHY思考も学びました。この時代があったから、多分今こうやって、Ttwitterもできているのかなって思います。9〜10年くらい、そこで働きました。

━━ どうして、退社したんですか?
やりたいことが、やりにくくなったからです。業界が専門的すぎるので、一般の方への説明が難しいのですが…。もともと、啓発活動みたいなことを、すごくやりたかったんです。例えば、「検査に行こうね」とか「こういう病気があるんだよ」とか、そういうのを伝えていくことですね。だけど、そういう啓発活動があまりできなくなったんですよね。「製薬会社がそういうことをするのは、その会社の利益のためにあるんでしょ」って思われる風潮が強くなってきたんです。例えば「うつ病かもしれないから、病院に行こうね」って言ったら「うつ病の薬を売りたいだけでしょ」って思う人も出てくる。世の中の仕組みだとか、風当たりだとか、色々なものが絡んでいてやりにくくなりました。その時に、医療機器の会社に誘ってもらいました。そこでは啓発とかできると聞いて、魅力を感じました。実際にその会社の部長と話をし会社のビジョンを聞く中で、組織づくりの点でも力を貸して欲しい、「是非うち来てくれ」って言っていただいて、そういう風に会社を盛り上げていけたらいいなと思って転職しました。

想像と違っていた3社目

━━ 転職してみてどうでしたか?
思っていたのと、違いました。部長から「是非来てくれ」って言われて入って「俺は啓発みたいなことをやるぞ、組織を変える手伝いをするぞ!」と思っていて…だけど現場に入ったら、そんなの全然関係なくて...。ただの普通の中途社員。「営業でまず結果出してくれよ」って言われました。これは完全に僕の勘違いで、痛い思い違いでした。組織を変えるにせよ、やりたいことをやるにせよ、まずは現場・顧客の信用を勝ち取ってから。なのに、過去の実績にとらわれて、自分から歩み寄ることができなかった。

現場にも馴染めなくて、やりたかったことと、やらないといけないことのギャップを感じてて、起きるのもしんどいという状態になりました。そんな時、退職の決定打となる言葉を言われたんです。


━━ どんなことを言われたんですか?
上司に「お前の居場所はここじゃないんだよ」って言われました。飲み会の時に見下す感じで、顔を近づけながら「本当に辞めろよ」っていう感じです。この瞬間に糸が切れました。実は、2社目の時も、同じことを違う意味で言われてて、それを思い出したんです。2社目では「人にビジョンを見せたり、巻き込んでいくのがうまいから、独立した方が向いてるかもしれない」っていう意味で言ってもらえたんですよね。転職することを伝えたときに、泣いて止めてくれて「お前と一緒にずっと働きたい」って言ってもらいました。3社目で「お前の居場所はここじゃないんだ」って言われた時に、はっと走馬灯みたいに、2社目で言われたことを思い出しました。2社目で言ってもらった言葉を、同じ言葉なのに、見下して言われて、すごいムカついたし、悲しかったし、悔しかったです。そこで、プツンときました。その場では笑ってたけど「自分でやるしかない。自分でやろう」って思い、独立しました。

「ハッタリの流儀」から学んだ、3つのポイント

━━ Twitterを始めたきっかけはなんですか?
きっかけは「ハッタリの流儀」を読んだことです。個人の時代って言われるし、会社勤めでも、なんかしないといけないなと思って、36歳の時に始めました。それまでも、なんとなく、YouTubeに影響を受けて、SNSをやった方がいいことはわかってました。だけど、発信することがなかったんです。今までFacebookやインスタで、家族の日常を日記みたいに投稿してきたことはあるけど、それ以外何を投稿していいかわかんなかった。だから「よし!Twitterを始めるぞ」って言っても、日常以外で自分が出すことないなぁと思ってました。ただ、この本を見た時に、本当にこのポイント三つが刺さったんです。

画像1

まず自分がそれを信じ、自分にハッタリをかまして、あとはもうやりながら考えて、ゼロから魅せていく。それが本当に大事なんだと感じました。そして「POINT1の夢ってなに?」って思った時に、思い出したのがこのスピーチです。

植松さんのスピーチから学んだ、2つのポイント

━━ どんなスピーチですか?
下町ロケットのモデルにもなっている植松電機の植松さんがTEDでされた「思うは招く」というスピーチです。植松さんも、同じことを言ってるんですよね。できないことを追いかけるのが夢で、そんな壮大なことじゃなくていいということなんです。

画像2

この動画を見たのが、Twitterを始めた5年前ぐらいで、今からだと、7年前ですね。「かっこいいなぁ」「いい話だなぁ」「自分もこんな舞台に立てたらすごいなぁ」って思ってました。その時は「こんな舞台に立てたらいいなぁ」くらいに思っていたけど、ホリエモンの本を読んだ時に、舞台に立っている想像したら、すごくワクワクしてきたんですよね。それで「挑戦してみよう」って思いました。どうすればいいか、わかんない。だけど、俺があの時影響を受けた、かっこいいなと思ったその場所を目指そうと思いました。

実は、ずっとこれを目指してTwitterで発信をしてます。TEDは、やっぱり世に広めるべき素晴らしい活動や体験、知見というものを世界に向けて発信するっていうイベントだから、自分もそういうことが発信できるようになりたいと思ってます。例えば「普通の人がTwitterで5万人フォロワー達成できたら、どんな世界が見えるのか?」とか「そこに行くまでの過程で、どういう体験ができるのか?」とか。そういうことを一つずつ作っていこうと思って、現在の活動をしています。

ただ最初はやっぱり、Twitterを始めるにしても「なんも発信することないなぁ」って思ってました。だけど、SNSで影響力を身につけるのはこれから必須だと『ハッタリの流儀』で読んで、何者でもない人が影響力を身につける挑戦の過程を魅せようと思いました。挑戦のテーマは「夢の実現」です。

“夢”の見つけ方

━━ 夢とかやりたいことって、どうやって見つけたらいいですか?
今できないことに挑戦するといいと思います。今できないことがいっぱいあるからこそ、それができるようになったら、また次のステージが見えてくる。「楽しそうだなぁ」とか、憧れの人がやっているからとか、そういう理由でいい。できないこともできるようになったら、もうその時点でまた見える世界が変わります。


━━ (※私の話で、解説していただきました。)
例えば、まことさんは、プロモーターという、人を広めるという仕事をやってきて、そこでインタビューとかいろいろなスキルが身に付くわけやん?そこで、本格的にライティングを身に付けて、ちゃんと読まれる文章を落とすことにできました。そしたら、例えばここに映像を付けたら、自分のやってることは、もっと可能性が広がるんじゃないかなって思える。映像の勉強をして、インタビューしたものを最高の形で、モノとして落とせるようになりました。映像の中でも、PRを勉強したら、世に広めることができるようになるよね。じゃあ、私が知って欲しい「すごいと思う人」を読まれるものにして届けることができる。ワクワクがだんだん広がっていくわけ。そして、成長して、ライティング、動画、広報ができるようになった。それでキャパがいっぱいになったら、人に教える側になったり、人に依頼して指示する側になればいい。自分が監督になってディレクションをして、みんなに指示を出して、分業制にして、新しいことを取り入れたら、できることが広がっていく。

つまり、できないことを一つ一つずつできるようになっていけば、そこから、小さな夢が大きな夢になって、いつの間にか「映像プロデューサーで上場企業のCM作ってました。きっかけは、プロモーターだったんです」ってなってるかもしれない。

やりたいことがない人は、出来ないことを出来るようになればいい。いつの間にかなんか夢が叶ったっていう感じになる。そして、そのために必要なのが「軸」を持つことです。

自分の「軸」の見つけ方

━━ 「軸」ってなんですか?
軸は「自分がどう在りたいか」決断する基準のこと。例えば、このインタビューを受けるか受けないかを決める場合。受けるなら、なぜ受けるのか。「有名になれるかもしれないから」とか「話を聞いてもらうのが嬉しいから」とか「ラッキー!」なのか「まことさんが好きだから」とか、その他にも多分いろんな理由があると思う。だけど、僕の場合、自分が決める基準は、ワクワクするかどうかなんよ。

「ワクワクすること」で決めていったら、俺が進みたい方向に進むって思ってる。これがまことさんじゃなくて、この人からインタビューされてもワクワクせんなぁって思う人だったら、「忙しくてすいません」って断ってると思う。


━━ ありがとうございます!せら課長は、自分の軸をどうやって見つけたんですか?

色々な経営者さん、それこそ年商が100億円ぐらいの会社の社長さんと話している中で、見つけました。自分と歳が変わらなくて、羨ましいなと思う方の話を聞くと、「できるかできないかじゃなくて、ワクワクすることに従ってきただけ。そしたら、こうなってました」みたいなことをおっしゃるんです。これは、ホリエモンとか西野亮廣さんとかも、おっしゃっていることで、そこに影響を受けました。嫌な仕事を我慢して続けるよりも、ワクワクすることをやっていきたい。俺はやっぱり関わる人が目の前で笑顔になってくれることが楽しいから、自分もお客さんもワクワクすることを軸に、物事を決めていこうと思った。

自分の軸を見つけるためには、まず「どんな軸があるか」「自分が憧れてる人はどんな軸を持っているか」そして「何をしている時に、自分が嬉しいと感じるか」を考えるといいと思います。

“軸”の感度を高める方法

ただ、ワクワクすることに従っていくって決めたとしても、最初から上手くいくわけじゃないんです。無鉄砲に進んでしまうと絶対こける。それも人それぞれで、つまずいて痛いで済む人もいれば、骨折する人もいれば、入院する人もいる。絶対こけるんだけど、それでも進めるかどうかなんよ。

というのも、例えば、俺も本当に未だに誹謗中傷を受けたりとか、「中身が薄い」とか、結構色々言われるの。正直つらくなるし発信することも怖くなるし、どういう風に見られるのかって、人の目が気になったりもするから、Twitterがしんどいって思うことも結構あります。

だけど、やっぱり「続けるか、続けないか」って考えた時に、未来がワクワクするから、続けようって思ってる。お誘いいただいて、お会いした結果、「大したことなかったやつだ」って、陰で言われてることもあるんよ。人に会うことが怖くなる。「思ってたのと違った」って言われても、普段から「自分は普通だし、凡人だって言うてるやん」って思ったりね。そんなことがあると「もう人に会いたくない」って正直思うんだけど、それでもやっぱり、人に会うっていうことをやってる。100人いたらね、1人や2人は、そういう人もいるよ。だけど残りの「それでもいい」って言ってくる人の中に、いろんな可能性を繋いでくれる人が今までいたし、これからもいると思う。だから、どんどん人に会って、ワクワクした人と一緒に進んでいきたいと思ってます。

例えばね、夢を見つけるために、「自分のできることを増やすぞ」って言って、勉強のために、高いコンサルにお金を払ってがっかりみたいなこともあるじゃない?「中身薄っ!何これ」みたいなね。自分にそういう経験ももちろんあって。だけど、そこで「騙された。何十万損した。もう信じない」ってなるんじゃなくて、その反省を次に生かすのが大事よね。「うまい話には罠があるって、どういうことなのか?」「なんでこういう売り方をしてるのか?」「この人は本当に成功してるのか?」すごく疑い深くなる。そして、自分の中で失敗しない方法が見つかる。「こういう話に飛び込んだらあかん」っていうワクワクの感度が磨かれる。だからこそ、飛び込んでいいワクワクと、飛び込んだらダメなワクワクが分かるようになる。結局は体験したこと全てが勉強。そうやって経験値をあげる方が早い。

実際「夢」って抽象的やから、夢を悪いように使う人もいっぱいいる。「夢叶えようぜ」「夢見ようぜ」「みんなでやろうぜ」って言って、搾取して終わりっていう会社もある。ネットビジネスでも、うまそうな話には裏があるみたいなことは結構ある。だけど、その中でも、本当に信じられるものとか怪しいものを見抜く力とかいうのは、こけていかないと、わかんなかったりもする。目先の損より、長期的な成長を取るっていうのが大事だと思う。

どれだけ遠回りするかは人それぞれだけど、それでも諦めなかったやつが、成功すると思うし、経験をちゃんと受け止めて、糧にできる人が上手くいく。「失敗した。騙された。それでも俺は諦めない」って、同じ罠にかかり続けるのは残念すぎる。もうかからないために、「何でこういうのに、人はひっかるんだろう?」って考える。自分で考える力を身につけないと同じ失敗を繰り返すから。

こけることもあるけど、それでも自分は、ワクワクを軸にして進んでいきたい。人の価値観はそれぞれだから、別にワクワクに従う必要はなくて、損得で考えるのもいい。その人の価値観だから、何の基準でもいい。だけど「軸」を持って、その感度を上げていくのがいいと思う。

せら課長の「在り方」とは

━━ せら課長はどういう人で在りたいですか?
挑戦する人かな。性格的に、猪突猛進型でマグロみたいに泳ぎ続けないと死んじゃうぞというところはあるかもしれない。ずっと「どうしたらできるかな?」っていうことを考えて生きてきた。会社員時代も営業で1位を取るぞって。その時に「どうやったら取れるかな?」って考えてた。「自分に何ができる?」じゃなくて、そんなの関係なくて、学歴もないし、周りもすごい人がいっぱいいるけどやってきた。

そうやっていろんなことに挑戦してきたら、道が開いて今がある。だからこれからも、自分がワクワクすることをして、挑戦していきたい。ワクワクすることで判断をして、進む道を決めていきたい。その先にいろんな夢を叶えていく。お金も稼ぎたいし、色んな人の背中を押せる存在だったり、話や言葉を届けていきたい。

学生時代のなんのやる気も夢も目標もなかったあの頃の自分に「お前すごいよ」「お前こうなったよ」って言いたい。「あいつは金持ちだからだ」とか、「あいつは頭いいからや」って、人が羨ましいなって思ってた。変わりたい気持ちだけはあったけど、くすぶっててね。そんなふうに「どうせ無理や」って、すぐ諦めてた学生時代の時の自分と同じような人に、大丈夫っていう風に伝えたい。

TEDの舞台の後は…

━━ TEDでのスピーチの夢が叶った後は、どんな挑戦をしたいですか?
まだ、正直描けてないよね。だけど、そこにたどり着く過程で色々見えると思うから、それまでに考える。色々やろうとしてることが今いっぱいあるから。コワーキングスペースも、来年出したいって言っていて、まだ出せてないし、出せる目処も立ってない。本の出版っていうのも夢に掲げてても、それもいつ出るって決まってもないし(インタビュー後に、2022年夏の出版が、KADOKAWAさんから決定しました!!!!)、だからTEDに出るために、いろんな目標を掲げて、そういう小さな目標が叶っていった後に、また自分のできることとか、広がってくると思う。もちろんTED出演は通過点だと思ってて、それもどうつなげていくか現在模索中です。


━━ それはとても楽しみですね!!これからも、せら課長が夢を叶えていく姿を見れるのがとても楽しみです。今日は、貴重なお時間をいただき、ありがとうございました!


せら課長のお仕事がもっと知りたい方は、こちらをタップ。

画像3


せら課長

「在り方」を中心に考えるSNSアカウントづくりの株式会社Omoitsuki
Twitterを偏愛する人。無名会社員がTwitterをきっかけに人生激変。夢にビジネスに、Twitterの繋がりから可能性を広げる。個人が発信をすることの意義や、大人が当たり前に夢を語れる世の中を作る活動を行なっている。Twitterアカウントでは、個人が影響力を高める方法や、企業がSNSを活用する上で知っておきたいこと等を発信。

Twitterアカウント:https://twitter.com/sera_sera_sera8

名称未設定


CREDIT
Interview & Text:Makoto Yamanaka

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?