ノベリスト 第3話
第1章 梨花
その3
骨董通りから脇に入り、岡本太郎記念館の裏手に彼の仕事場のワンルームマンションがあった。
建物自体はそれほど大きくもなく、古すぎずさりとて新築でもないが、品位があるビルで、一階には雑貨屋らしきテナントが入っていた。
彼の部屋はそのビルの三階の奥の通路の行き止まりの先にあった。
オートロックでもないし、玄関モニターらしきものもない。南青山という土地ではあるが、それほど家賃も高くはないのかもしれない。
彼は部屋に入ると、
「ちょっと散らかってるから、軽く片付けるね」
と言って私を通路で待たせた。
3分ほどして「どうぞ」と彼は私を招き入れた。
ワンルームとはいえ、割と広くて10畳くらいはあるようだ。案外思ったより家賃は高いのかもしれない。
部屋の右手にはセミダブルのベッドがあり、その隣にはテーブルとソファーがあって、反対側には机とMacBookらしいノートパソコンがあった。
「どうぞ。座ってください。男臭い部屋だけど」
「はい…」
意外とシンプルな部屋で、ごちゃごちゃしたものは何もなかった。
「作家の部屋って意外と何もないんですね。もっと本棚とかにずらっと本があるイメージがあったけど…」
「そうだね…僕は全て本はKindleで読んでるし、Kindleにないのは図書館で読んでるし…」
彼は冷蔵庫を開けて例のワインを取り出した。
「お酒、強いの?」
「あまり強くはないですね…たまに大学の友達と部屋飲みするくらいで…」
自分でもあざといな、とか思いながらこういうことを言っているのだが…
「おつまみらしきものも大してないけどね」
彼はキッチンの戸棚からコンビニに売っているようなミックスナッツの袋を取り出した。そしてワイングラスを二つ取り出すとテーブルに置いてワインの栓を開けた。そしてワイングラスの八分目くらいまでワインを注ぎ、
「じゃ、とりあえず乾杯」
と言って私もそれに応じた。
イタリアのそのワインは少しフルーティーで酸味が少なく、女性の私でも飲みやすい味だった。
「ヨーロッパとか、よく行かれるのですか?」
私がそう訊ねると、彼は、
「時々出かけるね。でも最近はどの国も移民ばかりでごちゃごちゃしてる。東京の方が落ち着くよ」
彼はそう言うと、ワインを口にしてナッツを頬張った。
私もグラス一杯のワインを飲み終えると、彼の隣に座り彼の髪を撫でた。
「ああ…何か心地いい…少し眠くなったな…」
彼は少し微笑んだように見えた。私は思わず彼の唇を奪った。
長い接吻が終わり、彼は私を「どうしようもないな…」みたいな目で見ていた。
「シャワー、浴びていいですか…」
「ああ、いいよ」
私は着ていたものを1枚ずつ脱ぎ捨てて、生まれたままの姿になると、髪を束ねて浴室に入り、少し熱めのシャワーを浴びた。
そしてバスタオルを巻いて彼が待っているベッドへ向かった。
彼は静かに私のバスタオルを剥いで、生まれたままの私の姿を凝視した。
「綺麗な身体だね…」
彼がそう言ったので、
「嬉しい…」
と言って彼に再び口づけた。そのままベッドに倒れ込み、お互いがお互いの肉体を貪るように求めあった。
彼の欲望の泉は、私の若い身体を知って十全に開かれていた。それはあたかも獲物を捉えた獅子のようでもあり、老獪で雄々しいものだった。若いとは言え、決して成熟してない私の身体は、彼の欲望の炎に焦がされて今にも燃え盛ろうとしていた。
私の身体を、彼は老獪な指で丁寧に優しく愛撫した。物凄く優しいのだが、その奥には野性味があった。彼の指が私の臀部からエキスが滴り落ちる子宮の奥深くまで入っていくと、思わず「ああっ」と呻き声を上げた。
そして私は、彼の男性自身を自分の子宮の入口まで招き入れ、激しく一つになって狂ったように腰を振り続け、やがて彼は私の中で果てた。
恍惚の表情を浮かべた私に、彼は優しくキスをした。
男って動物は、全てその欲望を受け入れてくれる女性には子供のように従順である。私はある意味、彼の慈母のように彼を愛おしいと思った。
「今日は泊まっていく?」
「はい」
その後で、
「芥川賞の話、これでもう確実だから」
と、彼は言った。おそらく彼の頭の中にも今夜の私の振る舞いの意図するところは了解済みだったのだろう。
「ありがとうございます」
そして私は彼に軽くキスをして、まどろみながら眠りについた。
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