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関東大震災朝鮮人虐殺事件とグライフ作戦

【戦争のはなし〜関東大震災朝鮮人虐殺事件とグライフ作戦】

 今から100年前の1923年の関東大震災の時に、朝鮮人の陰謀や暴行などという流言が飛び交い、それを信じた市民たちが朝鮮人を見つけては暴行を加えて殺害したという虐殺事件の暗い歴史がある。

 その時に、後に俳優になる千田是也が朝鮮人ではないかと疑われ、自警団に捕まり、尋問を受けたという。

 そこで聞かれたは歴代天皇の名前を言えというものだった。
 千田是也は中学で習ったので、それを答えることができたが、天皇の名を挙げているうちに、言えなくなった時には自分自身がどうなるのだろうかと恐ろしかったと後にNHKのインタビューで述べていた。

 朝鮮人の「あぶり出し」で合格せずに殺された日本人もいて、日本人が日本人を朝鮮人と誤認して殺したという例がかなりある。

 1944年の冬、第二次世界大戦末期のベルギーはアルデンヌ地方。ヒトラーは連合軍に対して一大攻勢を試みた。
「ラインの守り作戦」、アメリカ側では「バルジの戦い」と呼ばれる。
 機甲師団を中心にドイツ軍がアルデンヌの森を通り抜け、ベルギーに侵入し、アメリカ軍を包囲して殲滅するという計画だった。

 この作戦で、米軍の後方撹乱のために武装親衛隊のオットー・スコルツェニー親衛隊中佐は「グライフ作戦」を立案し実行した。

 スコルツェニーは武装親衛隊の特殊部隊の指揮官で、ムッソリーニ救出作戦の決行と成功で、ヒトラーから強い信頼を得ていた。

 このグライフ作戦は、英語を話せるドイツ兵をかき集め、米軍の軍服を着せて米軍の装備で武装させ、米軍陣地に潜入させてサボタージュを行って米軍を混乱に陥れるというものだった。

 グライフ作戦の主目的たるサボタージュはそれほど成功したとはいえなかった。
 行われた工作は、標識に細工したり、通信ケーブルを切断したりくらいのものだった。

 しかし、この国際法を無視した奇策は別の効果を生んで米軍を大混乱に陥れることになる。

 「米兵に化けた大量のドイツ兵が侵入してきている」という噂は連合軍の前線であっという間に広がった。

 アメリカ兵同士が、出会うアメリカ人がドイツ人ではないかという疑心暗鬼で、大混乱になったのだ。

 当然、偽アメリカ人狩りが始まった。

 アメリカ兵同士が相手を疑い、片っ端から逮捕するという事態が各所で起こった。

 アメリカ兵は怪しい兵隊に「ベイブ・ルースの打率」や「特定の年の大リーグの優勝チーム」などについて「アメリカ人にしかわからない」質問を繰り返した。

 野球ネタならアメリカ人が答えられないわけがないという曖昧な判断である。

 これで答えられなかった者が、ドイツ人だと判断されて逮捕されたり、殺害されてしまう事件まで起こる。

 もちろん、アメリカ兵なのに拘束される者も続出した。
 あのアイゼンハワーまでもが、一時拘束されるという珍事も発生したくらいなのである。

 関東大震災の時には「歴代の天皇の名前」、アメリカ軍では「野球選手の名前」という尋問内容の違いは興味深いところだ。

 しかし、何者であるかという証明はこのように難しい。

 ドイツ人もアメリカ人に化けてしまうくらいなのだから、歴代の天皇の名前を聞かれる朝鮮人も日本人と変わりがないくらい「違い」はなかったということだろう。

 関東大震災とアルデンヌでの「犯人探し」はもちろんケースが違う。

 しかし、「お前は何者だ?」という自己同一性やナショナリティの特定というもののあまりにも曖昧な方法の行使。

 個人の自己という確実なモノを全く無視する作られかねない「差異」の恐ろしさ。

 戦争においても、災害においても、人間は同じであり、変わらない。

 異常事態が生む熱狂という狂気は、差別や偏見を伴って暴走する。

 関東大震災も、アルデンヌも

 また起こっても不思議ではない特別な出来事ではないのだということを、歴史をもって記憶しておかなければならないだろう。

地には平和を


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