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その7 小説家になりたい人へ 著作権エージェント夢野律子がお手伝いします

【チンピラインフルエンサーには手を出すな】

 律子は事務所と各出版社や作家とメールのやり取りをし、わかめ味おにぎりを食べようとしたら、社長の甥の田村がいないことに気づいた。

「直美ちゃーん。社長の甥っ子の田村さんはどこ行ったの?」
「先輩の予想通り、二週間でインターンを辞めましたよ」

 原田社長と腰巾着が事務所にいないことを確認し、律子は口を開いた。

「ほんと、彼は使えなかった。出版用語や用法は覚えないし、ミスしても謝らない。一ノ瀬さんに会わせたら会わせたで、偉そうに次回作の提案する」

 一ノ瀬は優しい人だから丁寧な断りの言葉を言ったのに聞きかない。思い出すだけで腹立たしい。コロッケ入りのおにぎりを食べて心を落ち着かせた。

 田村は対談の書き起こしをさせたら、喋っていないことを書く。対談相手の男性作家は「私」の一人称を使っていたのに、「僕」と書き起こす。それについて聞いたら、


「その方が彼の人柄が伝わると思って」


 と意味不明な理由を自信げに答えてくる。対談の話題に一度も上がらなかった一ノ瀬の著作も勝手に書き起こしていた。


「この作品は一ノ瀬さんのエポックメイキング的な作品だと思い、入れました」


 話す。作品内容は、25歳のフリーターの男が家出をした13才の中学生の女の子と暮らす話。男は売れない劇団役者で中学生は男のファン。女の子は男を食わせるために売春して生活する話。特に大きな山場もない。起伏らしい起伏がない純文学ティストな作品だった。作品タイトルは『気怠い午後』。


 それは増刷されずに終わり、推理小説界隈でも全く話題にならなかった。
一ノ瀬は「『気怠い午後』は出さなきゃ良かったと思っています」とたまに述べる。律子は一ノ瀬に、


「あの作品は新規取引先の依頼で、原田社長の友人だったので一ノ瀬さんに無理して書かせたんです。査読する私は他の作家の査読に忙しかったので他の社員に任せました。完成品を読んだ時は私も失敗作だと思いました」


 と言いたかったがぐっと堪えていた過去がある。一ノ瀬は律子の査読に信頼を寄せていた。他人に任せたのは内密事項である。


 その作品以降、一ノ瀬の作風が変わったことは全く無い。


 とにかく書き起こしが形になっていないので、律子は睡眠時間を削って書き起こしを直した。対談を主催したネット媒体で発表したら、

「勝手なことをしないでください」

 と田村は言ってきた。それはこっちのセリフだ、の言葉を我慢して、

「ネットは字数が無制限ですが、文字数が多いとPVが減るので、紙の本と同様に文字数を減らしたほうが読者は読みやすく感じるんです」

 と言って納得してもらった。文章構成に田村のクレジットが入っているので、彼はそれ以上文句を言ってこなかった。


 やはり実績作りのためにインターンし、大手の出版社に入社するのが目的なんだろう。


 全部落ちて欲しい。編集プロダクションにも落ちてほしい。

 二度と関わりたくない。


「夢野さーん。掃除の依頼が来ましたよ」

 事務所の人間から声がかかった。

「分かった。データを私のスマホに送っといて」

 すると、直美が不思議そうに口を開いた。

「掃除? これからトイレの掃除でもするんですか?」
「そっちじゃないわよ。いつものようにモニターで会議室のやり取りを見てなさい。『掃除』の意味が分かるから」


 律子は軽快な足取りで会議室に向かった。



「僕の小説が却下なんて、納得いきませんね。しっかり読んでいると思えませんね」

 なで肩で神経質そうな顔立ちをした七三分けヘアーの男が挑発的に言った。一目で、「ポールスミスです」と分かるスーツを着ている。夜桜摩耶子を少しだけ思い出した。

 現れた男は早乙女雄作(さおとめゆうさく)。アイドルのような名前をしているが、色白の細身で覇気がない。

 彼は五年ぐらい前に「サラリーマンはもう古い。これからはフリーランスで生き抜く時代」とマスコミ各紙でちやほやされた男だ。事務所を持たず、ノートパソコン片手に図書館や喫茶店で仕事をするスタイルを提唱し、「組織に縛られない生き方」を各地で実践していた。


 新時代の旗手として持ち上げられたが、やっていることはブログのアファリエイトや動画投稿の広告ばかりで、SNSの金儲けである。それをサラリーマンや大学生に勧め、「大学に通ったり企業に務めたりするのは馬鹿」と持論を述べていた男。


 しかし今は「ITの活用方法」みたいな専門学校の講師になり、組織に属している。内容はブログや動画投稿、有料メルマガばかりで、「金儲けの活用法」しか使いこなせていない人物。


「メールでも述べましたが、早乙女さんの原稿は弊社では営業が難しいと判断しました」
「どこがですが。書店にはビジネス書が溢れている。年金だって早死してしまえば払い損です。現代の日本人はお金の使い方が下手くそなんです。それを僕は上手に指南したんです。需要があります」


 そういえばこいつ。フリーランス時代に「年金を払うのは馬鹿」みたいなことをツイッターで述べて炎上したわね。

 ブログに上げる記事も現地に取材に行かないコタツ記事ばかり。どれも憶測だけ。記事タイトルの最後に「へ!?」「に!?」「も!?」「か!?」と断定しない内容。


「お金に関する話でしたら、公認会計士が書いた本が売れています。弊社では何冊も出しており、法改正に合わせてシリーズ化しています。お金に関する話は実用書のほうが需要あります」
「僕の小説はですね、ITクリエイターの経験を活かした小説なんです。ITクリエイターで得たお金の資産運用がしっかり反映されています」


 インターンが読んだ作品の感想を見たら、「小説の体になっておらず資産運用も株式や仮想通貨で、理論に基づいて資産運用するものではなく投資よりも投機の内容」と、まさにトレンドブログのこたつ記事。わざわざ金をかけて紙の本にするまでもない。


 こんなバカが注目されたから、歌手やアイドルをググると、「年収は!?」「恋人はいるの!?」「卒業アルバムの写真は」の見出して、最後は「取材したけど分かりませんでした。いかがでしたが」の文で締めるサイトが量産された。


 新型ウィルスで不安を煽り、医療法に触れない書き方で「自己責任でお願いします」と逃れる。トレンドブログのせいで「ググレカス」から「ググルとカス」に変わってしまった。


 その手のブログはレイアウトがどれも似ていて、目次が出た時点で読むのをやめている。


「資産運用はとても大事ですが、ストーリー性がある小説だと成功も破産も作家のさじ加減ひとつなので、本気で資産運用を考えている人は実用書を選ぶと思います」「ちゃんと目を通しましたか? 僕はしっかりと事業経験も積んでいます」


 知っているわよ。「新しい働き方」といって移動販売の焼き鳥屋を経営し、「給料よりも体験が大事」と誇らしげに語り、無休で人を働かせていた話を。そのノウハウを講演して、講演料で稼いで「コスパ最強ビジネス」と誇らしげに語っていた。

 結局移動販売車は無報酬で働いた人物が、極悪労働を告発して誰も寄らなくなった。早乙女は「あれは社会実験だった」みたいなことを述べて撤退した。


「はい。しっかりと早乙女さんの原稿を拝読しました」


 誰が読むか、こんな奴の作品。インターンの感想と原稿解析のAIの結果で十分だ。

 せめてフリーランスの経験を活かして「フリーランスのための節税対策。かんたん複式帳簿による変動所得平均課税制度の書き方」みたいな本だったら営業できるかもしれないのに(したくないけど)、送られてきた原稿のタイトルは「セカンドビジネス物語 ネットで副業!」。


 投資や投機や社員のタダ働き以外にSNSや動画配信で収益を得るノウハウ。そんなものはググれば分かる。実用書もある。それをわざわざ小説で読まなければいけないなんて。


 せめて「自作PCでビデオカードを六台装備して仮想通貨のマイニングしています」なら食いつく出版社はいるかもしれないのに。


「僕の原稿のどこがいけないんですか」


 目新しさも売りもどこもないからよ。他人が作ったフォーマットにタダ乗りしているだけでしょうが。何がITクリエイターだ。

「弊社の審査を担当するものが決めました」

 こいつにジップの法則とAIを絡めたスコア値で「選外判定」て説明したら、面倒な言動が来そうなのですっとぼけた。


「それってどうせ、バイトの大学生でしょ。僕、出版社と付き合いがあるんで知っていますよ。小説の一次審査は『下読み』というバイトにやらせているって」

 凡百の新人賞と一緒にすんなよ。億の金をかけて小説分析ソフトを作ったんだぞ。 私の金じゃないけど。

「しっかりと社員や業務委託をした人物に査読をさせています」
「小説の審査に作家や編集者以外は怪しいですよ。本当にまともな人が査読したんですか?」


 編集者や出版業界に関わる人間は三千冊以上を読んでいるから、ハズレなんてたまにしか聞かない。


「資格職ではないので多種多様な経歴を持った人がいるのは事実です。前職が航空産業のエンジニアの人もいれば、テレビの女子アナをしていた人もいます」
「女子アナですか!?」


 早乙女の瞳がキラリと光り、声のトーンが高くなった。

 この男は「女子アナ」という言葉に弱いのか。


「ええ。四国地方のテレビ局の女子アナだった人もいます」
「なんだ、四国ですか」

 早乙女の瞳から光が消え、声のトーンが低くなった。

 分かりやすい男だ。こいつは東京至上主義か。

「とにかく早乙女さんの作品はうちでは営業できません」
「どうしてですか。僕ってインフルエンサーですよ」

 ITクリエイターはどこ行ったー。

「理由は査読評にあったとおりです。ためになる内容ですが、本の出版は四ヶ月ほどかかります。ネットの世界はドッグイヤーなので出版される頃には古くなっている危険性があります」
「でも直本賞を受賞した作家は直後に出版しているじゃないですが」
「あれは話題性が消えないうちの前倒しです。さきほど言いましたように、本の出版は四ヶ月かかります。早乙女さんはいくつも著作を出したからご存知かと思いますが」


 早乙女は「ノマドワークの仕事術」みたいなビジネス本をいくつも出版した実績がある。

「知っています。バカにしないでください」

 バカにしたくなる内容だから、バカにしたくなるのよ。てか、こいつの生き方自体がバカにしたくなる。SNSで攻撃的なことを言うだけで現場にいない、ネットから拾い集めたコタツ記事を「キュレーター行為」とかっこよく言っているが、キュレーターの本来の意味を知らないのだろう。本物のキュレーターが迷惑だ。

 早乙女は社会問題に言及したコタツ記事が炎上した過去が何度もある。専門家から間違いを指摘されると間違いを訂正せずに言い訳ばっかりの内容をアップする。記事の最後は「これに関しては僕の本の〇〇と関係性が深いです」と自分の書籍の宣伝に結びつける小狡さ。

「直近のITの話なら学校の授業の方がいいでしょう。生徒さんの顔が見えますから」

 何より早乙女の内容がカスカスなので本にするまでもない。

「僕はねえ。直近の話なんてどうでもいいんですよ。僕のブログを見たことありますか」

 見てないです。どれも薄っぺらい話なので。

「あります。IT関連を多岐にわたり、社会問題にも言及しています」
「そうでしょ。僕は単なるITクリエイターではないんです。本当はプロブロガーです。分析力に長けているんです。僕の生徒は僕のようになりたがっている人がいるので、それを過去のブログからチョイスして一冊の小説にまとめようと、親切心からやって来ているのです」

「とても含蓄ある言葉です。しかし当社は恥ずかしながらIT小説に強い編集者と取引がないのです。早乙女さんのIT知識について行ける編集者はいないのです」


 本当はIT分野に詳しい編集者がいるけど、お前を紹介したら代理人の審美眼が疑われる。


「話になりませんね。それにこの会社が運営している小説サイト。なんで商業出版がある人物は自動的に講師にならないといけないんですか」
「強制ではないです」
「二つも講師しないといけないなんて時間の無駄ですね。コスパが悪いです」
「そうですか」


 淡々と応じると、早乙女は素早く口を開いた。

「でも、してもいいですが」

 しかし律子の表情は冷静のままだった。

「話を戻しますが、弊社での営業は難しいと結論が出ましたのでご理解をお願いします」
「理解しています。エージェント業はピンハネ業ってね。商業出版経験者なら査読が割引と知って支払ったのに。本当はエドテックを考えていましたが、いい社会実験でした」


 イタチの最後っ屁を放つと早乙女は会議室を出ていった。


 エドテックという言葉を最近覚えた口調だ。横文字使っていればやり込めると思っていたのだろう。底が浅い人間だ。ちびっこプールレベルだ。

「せんぱーい。なんで契約を断ったんですか? さっきの早乙女さんていう人、いくつも本を出している有名ブロガーですよ」
「内容がカスカスだから」
「あー。人間として、そう思います」


 直美の素直な声色に、律子は笑みをこらえた。


「本の方よ。内容が薄っぺらい」
「でも知名度も実績もある人ですし、テーマを変えて契約した方がいいんじゃないですか?」

 律子は天井のカメラに顔を向けた。

「逆に聞くけど。なんで早乙女雄作は知名度も実績もあるのに、うちと契約を考えたの?」
「『鋼鉄のクラフトマン』の作者のように、編集部に木刀を持って殴り込みしたから出版社とのパイプが切れたとか?」


 あんな覇気のない男が木刀を振り回すわけがない。


「話広げすぎ。東京ドーム何個分よ」
「すみません。『鋼鉄のクラフトマン』の作者に興味ないんで詳細を覚える気はないんです」

 律子は右手で少しだけ頭を抱え、人差し指でとんとん叩いた。

「早乙女雄作がうちと契約を目論んだのは、出版社から無視されているのよ」
「実績があるのに、ですか?」

 納得いかない、という声だった。

「五冊の実績があって、どれも出版社が違う。これってどういう意味が想像できる?」
「顔が広いから?」

 話が広がっているのやら畳んだいるのやら。

「売れないからよ。売れていれば同じ出版社から本が出せる。でも全て違う。おそらく編集は話題性を買って早乙女に本を書かせたと思うけど、目論見が外れて売れなかった」

 前作が売れなくても炎上して話題になればオファーが来ることもある。しかし炎上のし過ぎでどこも相手しなくなってドリーム・エージェントと契約を思いついたのだろう。

 早乙女は経済知識に長けた文化人気取りのインフルエンサーに衣替えしたいようだが、彼のブログはロンドンエコノミストに一度も触れていないので、その程度なのだろう。


その8 「小説家」という肩書を欲しがるフリーライターを相手する

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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