罪悪感は自分を正すために必要なものか?

「12の誤解」からの学びです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私たちの良心は神ではありません。

良心とは、この堕落した世界で、裁かれた状態で生きるために必要なものです。

この内側の審判員は、神によって私たちの心に書かれた律法と、私たちの幼少期の人間関係から生まれます。

しかし、完璧ではありません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

よく、
自分の良心に従うと間違えを犯さない
とか
自分の良心が罪悪感を感じるからやらない
などあります。

この共通項は自分の良心は完全であり、正しいと思うことです。


でも、もし良心が完全なら時間が経っても変わらないはずです。
しかし自分自身振り返ると、10年前の自分の良心と、今の良心は違います。

ある部分ではより基準が高くなり、
でもある部分においては基準がブレているなと思うからです。


罪悪感の多くは、自分が過去に他者との関係(多くの場合幼少期の親子関係など)で、〜しなければならない、というプレッシャーを受け、否が応でもなく従った時が理由になります。

本当は〜したかったのに、という本当の自分の気持ちを出してしまうとさらに非難されてしまうと恐るからです。


自分が罪悪感を感じる時、どのようなことからそう思ったのか、を考えたいなと思いました。




今日も最高の1日を😄

God bless you〜(神の恵みがあなたにありますように)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?