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「週刊金曜日」(2024年5月24日号)に『戦争は、』(ジョゼ・ジョルジェ・レトリア 文、アンドレ・レトリア 絵、木下眞穂 訳、岩波書店)の書評を書きました。

この不穏な時代を忘れないために、いつまでも、ずっとずっと大切にしたい絵本です。

作者のジョゼ・ジョルジェ・レトリアとアンドレ・レトリアは父と息子です。父親が詩を書き、息子が絵を描く。そんな彼らの作品には例えば、宇野和美さん訳の『もしぼくが本だったら』があるのでご存知の方もいるかもしれません。

今回の本は、表紙をめくると、薄い黒を基調とした紙に蛇のような細長い、軟体の物体がいくつか描かれていることにまず気が付くでしょう。生き物のようにも見えるし、抽象的な、何かの概念そのもののようにも受け取れる。僕は悪意だと思いました。人間の、どうしようもない、悪意。

この絵本は、そんな悪意が人間の世界を徐々に侵食していくさまを描いたものだと読むことができるでしょう。速度を上げて、うねるように悪意が絡まるようすを描く作者の筆にはどこか怒りや悲しみが込められているような、そんな気がします。〈そこで発露されているのは、僕らがこの世界で毎日抱える感情(リアリティ)なのではないか〉と、僕は書評でそう読みました。

悪意はやがて、軍服を着た男の部屋に忍び込みます。そして、彼はそのまま戦争そのものへと化していく。〈戦争は、すべてを焼きつくす、栄光の夢を見る〉わけですが、そんな〈栄光の夢〉なんて、虚栄心でできた幻想にしか過ぎないわけですよね。

中盤でそんな彼が書物を焼く情景が描かれています。そして、その横には〈戦争は、物語を語れたことがない〉という詩句が書かれてもいる。戦争は物語を語らない。あるのは、非情な暴力という現実だけ。ならば、僕らは〈物語〉を読み/書き続ける必要がある。〈栄光の夢〉を潰すだけの力を持った物語を。書評にはそのようなことを書きました。

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