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月1デートとすずめの戸締まり

昨日はひと月に一度の夫とのデートの日。
お寿司屋さんに行ったら、目の前で寿司を握る店長が“永澤”さんで幸先の良さを感じずにはいられない。その後井の頭公園を散歩。出産して以来の久々のふたりの時間ににんまり笑顔が止まらない。で、次の月のデートプランを喫茶店で練り、映画館へ映画を観に。

映画は「すずめの戸締まり」。個人的に溢れてくる想いや、映画を通して大きな存在からもらったメッセージが大きく、とても魂を揺さぶられました。

(以降、直接的ではないですが、ネタバレ注意です↓)
個人的に溢れてくる想いというのは、私が長年トラベルという統合失調症と言われていた時にやっていたこと、“巫女”としての仕事を思いました。何か大きな存在からのメッセージを受け取り、彼らの何かを解かすこと、解くこと。そして、それは私たちの集合意識の何かを解くことでもありました。そういう役目のお達しが来て私はトラベル期間中それに邁進していました。でも、この映画を観て「もうあなた自身の幸せのために生きなさい」と言われた気がしました。今から数ヶ月前、@cotogototumuguさんの動詞のワークというもので、自分にまつわるあらゆる動詞の奥にある核になる動詞を探るというワークをしました。その時に私は自分はずっと丘の上で旗を振っていて、そこから離れられなくなっているということがわかりました。あくまでイメージの上での話しですが、それが今回の映画のシーンとシンクロしていて、とても他人事に思えなかった。私はあらゆる存在が愛おしすぎたということ。でもまた、動けなくなってしまっていたのは、心配と責任感があったから。見張ってないとと思ってた。
でもね、もう「見守ろう」って思った。心配と責任感からではなく、信頼による愛で。
それは、より成熟した母性。私はそこにいてもいいし、誰かに任せてもいい。私は自由に心のままに動けばいい。動いてもいいのだって。
そして、また誰も犠牲にならなくていい、そんな世界が来ているから。みな一人一人が犠牲にならないで、ただ喜びの中で繋がり、育み、恵みを巡らせることができる。それは光の柱となり、光のグリッドとなり、この地球をダイヤモンドのように覆い、刺さり、核と結ばれて、この地球を護る。人の心が地球そのものとなる。そういう景色が見えるから。そんな世界を感じるから。

そうこの映画はクリスマスプレゼント。ちょっとはやいクリスマスプレゼントだった。私の魂の大きなおかあさんと大きなおとうさんからの。ありがとう、ありがとう。
私はちゃんと母でいます。
そして、ちゃんとこどもでいます。

映画を見終わり泣くだけ泣いた後は、息子に会いたくてたまらなくなり家路を急ぎました。

すべてに感謝。この一瞬一瞬に、おかげさまに、すべてに感謝を。

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