詩 『あなたがこの世界にいるというだけで』
ぼくのいつも左側を歩くきみの
ほんとうは右から見る横顔が好き
ぼくの瞳が茶色いといったきみの
見上げる睫毛はもっと茶色い
わたしが最初で最後になってあげるよ
といったきみの
最初と最後から二番目までをぼくは知らない
はじめてのときに勃たなかったぼくの
天使をきみは無邪気に踏みつけたあとで
ぼくの隣で横たわる死んだ赤ん坊の髪をなでた
二回目のときにも勃たなかったぼくと
ひざを折りまげて浸かった浴槽は馬車となって
トロットで進む
夕焼けの鼓動を燃料にして
ネオンの死んだ丸の内のビルとビルの間
蝉の死骸のような暗闇
皇居のまわりを歩けば
雪原よりも真っ白な空
駒込駅で乗りこんだ山手線の夕陽の中で
やっぱり前夜に勃たなかったぼくの
精液を口で受けとめたきみを思い出して泣いた
濁った雨の降る窓の向こうで
赤い服を着た少女がうつむいている
駅についても扉は開かない
ぼくの下車するのを拒んでいるようだ
三回目のときにやっと勃ったぼくを
きみはそのまなざしで導きいれ
また生まれようとするかのようにきみと
きみの中にある水をぼくは感じた
ぼくはまた自由になった
ずいぶん長い月日がたっていた
親しみのある顔が向けられなくなってから
ぼくの姿を見て駆けだすきみの
軽い足どりが質量を与え
ぼくを懸命に見上げるきみの
低さが眺望をもたらす
二人揃って背筋を伸ばして
あたりを見渡せば
遠い昔に置いてかれたような朝
あなたがこの世界にいるというだけで
といったきみの
つづきの言葉をぼくは知りたい
きみのいるこの世界とぼくは
やっと
和解しあえるような気がする
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