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医療現場のコミュニケーションの工夫

人と関わりがある世の中では、どんな場面でも‘コミュニケーション’が発生します。(「発生」という言葉が適切な使用方法かはさておき…)

医療現場においても、良好なコミュニケーションを図ろうと心がけていますが、伝える情報によっては、患者さんやその家族との関係性がよくない方に動くこともあります。

とりわけ、患者さんや家族にとって嫌な情報を伝える時ほど、コミュニケーションの難しさを感じます。医療者が良好なコミュニケーションを図るために学んでいること、心がけていることをまとめました。おそらく、あらゆるビジネスの方にも通じる内容だと思いますし、始めに考えた人も多方面の分野で学んだことを医療現場に落とし込んでいるのだろうと思います。

「悪い知らせ」とは何か?

医療現場における「悪い知らせ」とは何か?
それは、「患者の将来への見通しを根底から否定的に変えてしまう知らせ」です。(BMJ clin Res Ed 288:1597-99, 1984)

例えば、心肺停止で救急搬送された場合を想像してください。

救命センターで救命処置を行い、なんとか心臓は動き始め、人工呼吸器で呼吸管理は行えるようになりましたが、意識の状態が非常に悪く、植物状態の可能性が高いことが分かりました。この情報を、医師が家族に伝えたとき、家族の中で‘何か’が壊れてしまいます。そのような情報を「悪い知らせ」と言います。

その他、がん治療の患者さんであれば、がんの再発が分かった、という情報も「悪い知らせ」となります。

医療現場のコミュニケーションフレームワーク

悪い知らせは、患者・家族にとってとてもつらい内容です。また、その内容を伝える医療者にとってもつらいし、伝える難しさがあります。「悪い知らせを伝える」ことを‘bad news telling’と(格好よく)言います!

患者と医療者との間のコミュニケーションでは、臨床現場で頻用されるコミュニケーションのフレームワークがあります。
それは、
①悪い知らせを伝えるためのSPIKES
②感情を言語化するNURSE
③治療方針を話し合うREMAP
です。

悪い知らせを伝えるための‘SPIKES’

Setting:面談の準備

この時点での準備が面談中の会話(や場の雰囲気)を決めます。ちなみに、Setupと表現する場合もあります。

⑴必要な医学情報の収集
・説明に必要な血液検査、画像検査は済ませる。(検査項目によっては時間が必要な場合があるので、検査結果がすべてそろう必要はありません。)
・専門科からの情報を得ておく
・患者家族が質問しそうな内容に対する答えを準備する。

⑵患者家族の安全確保
・安心して話せる環境を準備する。
 プライバシーは保たれるか?
 椅子の準備は?
 話し合いに参加する人はそろっているか?
  患者側:配偶者、子ども、知人、後見人etc
  医療側:看護師、専門医、MSW etc

Perception:患者の理解を把握

「かかりつけの先生からあなたの病気についてどのような話を聞いていますか?」などのopen-end questionを用いて、患者家族が何をどう理解しているかを事前に確認します。

⑴ 話す内容を微調整する
全く病気の話を聞いていない、話は聞いているけど理解が不十分、まったく異なった理解をされていたなど、いろいろな場合があります。患者家族の理解度に応じて、説明する内容を簡略化したり、補足したりすることができ、話し合いたい重要事項に時間を割くことができます。

⑵ 相手の期待値を測る
患者家族が事前に病気の話を聞いて、どのように思っているのか?、どんなことに期待しているのか?、どんなことに違和感をもっているのか?などを把握することができます。私は、全部をまとめて、「相手の期待値を測る」と表現しています。

⑶ 防衛機制の評価をする
人は嫌なことがあれば、そのストレスに対し、意識的に対応するコーピング行動と、無意識的に対応する防衛機制があります。無意識的に働いている防衛機制を確認することができます。

防衛機制には、否認、置換、投影、退行の4つがあります。多いのは否認です。
ⅰ)否認
嫌なことを無意識的に否認することによって、気持ちの葛藤やストレス因子に対処する防衛機制のことです。あたかも病気ではないかのような発言や行動だったり、重篤な病気であるにも関わらず先々の治療に楽観的な発言をしたりします。

ⅱ)置換
特定の対象に対する感情や反応を、他の人に向けて解き放つことで対処する防衛機制のことです。よく見られるのは怒りです。やり場のない怒りが周囲に向かってしまうことがあります。
末期がんであると告知された患者さんが、その奥様に当たってしまい、子どもたちが心配する、という場面を見ることがあります。これも、防衛機制の置換が働いているからだと認識できます。

ⅲ)投影
本来自分の感情を、あたかも他の人が感じているように発言したり振舞ったり防衛機制のことです。

私が経験したのは、
患者「家族が心配してて、病気のことを知りたがっているんだよね。説明してもらっていいかな?」
と言われて、家族に会うと、
妻「私たちそんなことは言ってませんし、先生の説明である程度は分かっているつもりなのですけど…。もしかしたら夫が知りたいのかもしれません。」
という場面。これも投影だったのだろうと後々理解できました。

ⅳ)退行
通称、子ども返り。無意識に発生した葛藤を回避するために精神機能のレベルを落として、問題を直面かしないようにする防衛機制のことです。

Invitation:患者の知りたい気持ちを把握

病気の話を聞くor聞かないという意思決定は患者のものです。ですので、患者に「病気の話をしてもいいですか?」と患者側に許可を得るようにしています。この問いかけで、話し合いの権限は患者側にあること示すことになります。

invitationとして「検査結果を説明してもいいですか?」、「これからの治療について話してもいいですか?」などの言葉かけをすることで、今から話す内容がどういう内容なのかを明確にすることができます。

もし、患者さんが「私は聞きたくないから、家族に話してほしい」と言った場合、無理に説明することはありません。「家族のどなたに話をしたらよいか?」という質問と同時に、「聞きたくないと思っているのはどうしてなんでしょう?」と尋ねます。患者さんの心の中では「今は聞きたくない」と思っているだけかもしれません。患者さんの気持ちを少しでも聞かせていただくことで、「こんなこと思ってたんだ~」と気づかされることもあります。

Knowledge:情報の共有

⑴ simple is best
医療者は、あの手この手を使って分かりやすく伝えようとします。ときに、詳しく説明しすぎて話が長くなり、逆に分からなくなることもあります。重要な情報ほど、シンプルに伝えることが重要です。理解してほしい状況ほど、簡潔な言葉で話すと患者さんに伝わります。

⑵ warning shot + headline
前述のとおり、重要な情報ほど簡潔な言葉で伝えることが大切になります。一番大事な情報をheadlineといいます。新聞の見出しのように簡潔な言葉で表現します。

ただ、悪い知らせを伝える場面での一番大事な情報は、「がんは治りません」、「助かりません」という内容になります。そのような言葉をそのまま患者さんに伝えるのは、言葉のナイフで切り付けているような感じがします。同時に、私たちも心が痛みます。

「残念ながら」、「申し上げにくいのですが」、「お辛いとは思いますが」などの言葉(warning shot)を添えることで、患者さんに心の準備をしてもらい、ショックを多少なりとも和らげることができる可能性があります。

悪い知らせを伝えた後、患者さんが泣き出したり、怒り出したりする場合があります。もちろん家族も同じような反応をするかもしれません。感情の嵐が大きくなり、面談の場が荒れてしまうこともあるでしょう。

医療者は「悪いことしてしまった」、「あーなんかやっちまった~」と落ち込みます。少なからず落ち込みます。

しかし、感情を表出しているという点で、伝えなければならないことが患者さんやその家族に十分に伝わったという証拠にもなります。患者さんや家族の受け止め方は、各々異なります。もちろん、医療者も患者に真摯に向き合い、慎重に話を伝えていく姿勢は必要なのは忘れてはなりません。

Emotion & Exploration:感情への対応

感情的な反応を観察し、受け止め、支え、共感しましょう。感情へのサポートは、ラポール形成につながります。感情的になっているときは、それ以上の情報が頭に入りません。感情の嵐の時はなおさらです。その場合は、これ以上情報を伝えることは控えましょう。

感情の嵐の中で医療者はどうしたらよいか?
この時に用いるのが‘NURSE’です(後述参照)。

Summarize & Strategy:内容のまとめと今後の方針の説明

話し合った内容をまとめ、今後の治療方針について説明します。これまで情報として得られたものをまとめながら、患者の価値観にあった医療内容を考えていくことになります。

感情を言語化する‘NURSE’

Naming:感情に名前を付ける

患者さんが表出した感情を言葉で表現することで共感を示します。患者さんの感情を適切に言い当てられなくても、正確に言語化できなくても、大きな問題にはなりません。「なんとなく分かってくれた」という思いは伝わります。

「悲しい気持ちになりますよね」、「つらいですよね」という言葉で、患者さんは、自分は悲しい気持ちなんだという客観的な視点で自分自身を認識することができます。患者さん自身が感情の嵐の中に立っていることを認識し、徐々に冷静になっていく手助けになります。

Understanding:理解を示す

悪い知らせを聞いて何も思わない患者さんや家族はいないでしょう。何かしらの感情が生まれます。その感情が湧きだすのは当然のことであると理解を示すことで、互いに理解し合うことが可能になります。注意したいのは、すべてを理解することはできないという事実です。つらい体験や苦しい体験はその人にしか分かりません。周囲の人たちは、「(おそらく)こういう気持ちになっている(のだろう)」という想像しかできません。

Respecting:敬意を示す

患者さんや家族の頑張りを労うことは、患者さんや家族にとって救われたように感じるとされます。現場で、患者んや家族の取組を聞くと、「よくそこまで頑張ったな~」と思うことも多いです。話を聞いて純粋に思ったことを労いの言葉として表すように心がけています。

Supporting:支持を示す

悪い知らせは、「これでおしまいです」という内容に聞こえてしまいます。ぶちっと関係性が切れるような感覚を持つ方もいます。「みんなで考えましょう」、「本人の苦痛がないことを中心にやっていこうと思います」など、できることを改めて伝えるようにしています。

Exploring:探索する

患者さんの話す言葉一つひとつに注目します。言葉の裏に潜む本当の気持ちを教えてもらうように心がけています。

「そう思われるのはどういった思いがあって話されているのか教えていただけませんか?」
「今、気がかりなことはなんですか?」
などと患者さんが話しやすいように質問をしながら、患者さんが言葉を紡ぐのを待ちます。このやり取りを通じて、患者さんが大事にしている価値観に気づくきっかけになります。

治療方針を話し合うロードマップ ‘REMAP’

病気の説明、治療方針の決定時の話し合いには、その場の「話の流れ」があります。その話の流れのロードマップとしてREMAPが知られています。

Reframe:病状を「大きな像」としてとらえる
Expect emotion:感情に対応
Map:価値観を探索
Align:得た情報をまとめる
Propose a plan:価値観に基づいたプランを提示する

特に、今後の治療方針や治療ゴールを決めなければならない救急や集中治療の現場では必要になります。

現場では、「人工呼吸器をするorしない」という手段だけの話になってしまいます。このような話し方では、生死にかかわることを決めなければならないという重圧を家族が背負わなければなりません。家族に苦痛を強いることにつながります。
できるかぎり患者の価値観を知り、その価値観に合った医学的に妥当な方針を医療側から提案します。「〇〇はいかがでしょうか?」とあたかも『ソムリエのように』提案します。

患者の価値観や医学的な見解から無益と考えられるようなことは、あえて「どうしますか?」と尋ねる必要はありません。「〇〇のような治療は△△さんが望むような生き方とは異なるように思いますので、控えさせていただきたいです」とあいまいな言葉は使わずに伝えるようにします。

話し合いが上手く進まないこともあります。経験上、病状の理解、感情の嵐の2点が関与しているように感じます。多くの医療者が行っているように、できる限り丁寧に真摯に向き合いながら対応し、患者が望む医療提供ができるようにしたいものです。

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