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もしも家族から「本人に言わないでください」と言われたら…

悪い知らせは、その人の心を大きく揺さぶります。ご家族から、「本人には言わないでください」と言われることがあります。
医療者は悩みます。変わらない表情の下では、「どうしたらよいの?」とあたふたしています。

こんな場面を想像してください

初めて外来を受診した患者さん。
数か月前から食事摂取量が減り、徐々に痩せ始めました。
外出することもなくなり、自宅で横になっている時間が長くなりました。
トイレは伝って歩き、なんとか排泄ができる。でもお風呂に入ることができなくなってきました。
同居中の家族が心配して、病院になんとか連れてくることができました。
患者さんは、「病院には行きたくない」と繰り返していたそうです。

外来での検査を終え、胃がん、多発肺転移、肝転移の診断。
予後数ヶ月の状況であることが分かりました。

検査結果を説明しようと、診察室に呼び入れました。すると、「検査結果を聞かせてください」とずんずんと家族が診察室に入ってきました。

一通り説明をしたところで、家族から
「〇〇には言わないでください。別の病気だと伝えてください。」
と言われました。

医療者は悩みます

まだ、こういう場面があります。(昔はいろいろあったそうですが…)
家族から「言わないで」と言われると、医療者から患者さんに、病気のことをなかなか話しにくくなってしまいます。

アジアでは、患者よりも先に家族に終末期について話し合いを行う文化であることは国際的にも知られています。
ただ、アジアを一括りにすることはできません。
実は、日本よりも韓国や台湾では治癒不能ながんの診断をより最初に家族に伝える傾向が強いこと、家族が反対しても患者に伝えるべきと考える医師が少ないことが知られています。
(J Pain Symptom Manage, 50(2):190-9 2191,2015)

話がそれましたが、未だに、欧米では想像できない光景が日本ではあります。

医療者は、「患者に言っちゃったら、家族からなんて言われるのだろう?」と内心がざわつきながら日々診療することになります。ときに、「医療者には患者に説明しなければならない責務があるのだ!」と家族と対立してしまうこともありえます。

家族の言葉の真意は何処?

「本人に言わないで」と言われた場合、医療者の頭には「なんでそんなことを言うのだろう?」という純粋な疑問がわいてきます。マイナスな感情はありません(たぶん)。

私だったら、「本人に言わないで」と言われた場合、家族の考えを理解することに注力します。「どんなことを心配されているのですか?」と尋ねます。教えてほしいという気持ちを伝えます。

家族は、

  • 「以前、本人が病気の話は聞きたくないと言って、代わりに聞いてほしいと言っていた。」

  • 「気持ちが落ち込みやすい性格だから、治らない、末期がん、という話をするともっと落ち込んでしまう。かわいそう。」

  • 「先がないのに、つらいことばかり伝えなくていい。」

などなど、様々な思いを抱いています。

家族への敬意を忘れない

悪い知らせは、家族から見ると、自分の大切な人を苦しめることになると信じており、悪い知らせから大切な人を守りたいと思っています。悪い知らせを聞いた家族も苦しみます。悲しみます。

言葉で書くと当たり前のように思われるかもしれません。
しかし、そのことを医療者は十分に理解して共感を示していくことが家族ケアにつながります。

  • 「ご家族にとって非常につらいときですよね」

  • 「大変心配されておられるのですね」

など受け取った気持ちを言葉でメッセージとして伝えます。

同時に、患者さんに説明しないことによってどのようなことが起こりうるか家族の考え方に敬意を払いながら、

「〇〇さんに、病気の現状を伝えなかったときに、起こりえるあまりよくないことをお伝えしてもいいですか?」

と説明することに許可をもらうようにします。(SPIKESのIになります)

先の例であれば、
「病気もあまりよい状況ではなく、ご家族も感じられているように、あまり長くともに過ごせる時間はないように感じています。病気が進むにつれて、体力気力が減ってきます。もし、本人が〇〇したい、△△したいと思っていたとき、それらができなくなる可能性もあります。患者さんによっては「もっと早く知りたかった」と言われることもあります。もしよかったら、本人が病気のこと、今日の検査のことをどこまで聞きたいか、一緒に尋ねてみませんか?」
と、私だったら家族に伝えるでしょう。

その上で、家族がどのような考えに至るかは、家族の気持ちや状況によって変わってくると思います。

臨床現場を通じて感じるのは、身体の変化、特に悪い変化は、患者さん自身が一番分かっていて、「もしかすると(悪い病気かも?)…」と思っている方が多いようです。

患者さんの気持ち、家族の気持ちはその都度変化します。その変化に合わせて、各々が知りたい情報を適切なタイミングで伝える。そんな医療者であり続けたいものです。


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