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人道的介入よるレジームチェンジ


はじめに
1 人道介入とは
2 人道的介入の個別的事象
⑴コソボ レジームなし
⑵リビア レジームあり
3 人道的介入によるレジームチェンジの必然
4 人道的介入によるレジームチェンジの肯定
①国家の成り立ち
②正義論 コスモポリタン
終わりに
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

はじめに

「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」 
これは新約聖書の一節である『ヨハネ福音書』15章13節に書かれている言葉である。隣人愛に努めるキリスト教らしい言葉であるだろう。人類は第二次世界大戦の中で起きた人権侵害を反省し、国際世論において、人権の保障や保護をしようと試みてきた。人道的介入は、そのような国際体制と隣人愛の精神を体現したような行為である。少なくとも、冷戦以降から行われていた人道的介入にはそのような目的があっただろう。しかし、リビアの人道的介入時(下記で詳しく述べるが)、人道的介入に伴う形でレジームチェンジ(体制転覆)の可能性が示唆された。レジームチェンジ自体は各地で行われてきたが、人道的介入に伴う形でレジームチェンジが現れたのはリビアへの介入時からである。今回は80年代から続いてきた既存の人道的介入の新たな形である「人道的介入に伴うレジームチェンジ」に関して検討していくことにする。


1 人道介入とは
 人道的介入には一般的な定義が存在しない。ただ、国際関係論を専門とする小松士朗氏は「①国家(あるいは国家集団)による、その国家の国民でない人間の基本的人権の広範かつ深刻な侵害を防止すること、あるいは止めさせることを狙いとした、その領土内で武力が使用されるところの国家の許可のない、国境を越えた武力の威嚇あるいは行使。②国家、国家集団あるいは国家機関による、対象国の国民を国際的に認められた人権の広範な侵害から守ることを主な目的とする、武力の威嚇あるいは行使。③ある国の政府がその領土内に居住する人々に対し任意にかつ継続的に非人道的、残忍な取り扱いをする場合に、当該国の合意なしに第三国が個別、あるいは集団的にそのような状況下にある人々の保護のために武力行使、または武力による威嚇をする行うこと」と定義しており(*1)、それを踏まえた上で「人道的介入」を「ある国家で発生した人道的危機を防止・解決するために、他の国家や国際機関など諸主体が実施する様々な活動の総体」であると述べている(*2)。この「活動の総体」には武力行使や国連平和維持活動(以下PKO)も含まれている。
 人道的介入はこのように他国の紛争を解決する手段として容認されているが、これは例外的なルールである。それは国連憲章を確認してみると理解しやすい。国連憲章には、2条4項「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と同条7項「この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国に要求するものでもない。但し、この原則は、第7章に基く強制措置の適用を妨げるものではない」がある。これはいわば「武力不行使」と「内政不干渉」を示している。この二つを原則を前提とした上で、人道的介入が例外的に認められるのは、7項にある但し書き「この原則は、第7章に基く強制措置の適用を妨げるものではない」があるからである。強制措置は、安保理が国連憲章39条に基づいて「平和と安全に対する脅威」(=平和と安全に対する脅威)を認定し、そのあと必要に応じて、41条「非軍事的措置」(=兵力を伴わない措置)か42条「軍事的措置」(*3)を決定する。人道的介入は、安保理の「平和に対する脅威」の認定の下で、それに対応する強制措置である武力行使、すなわち人道的介入を行う。上記のような手続きで行われるので、人道的介入は集団安全保障の一環としても捉えることができる。
 人道的介入の歴史的流れとしては、第二次大戦後、ナチス・ドイツのホロコーストを考慮し、世界全体で人権の国際保障が採られた。ただ、東西分裂の流れや冷戦が強まったために人権侵害がどこかの国で発生しても、国際社会が対応することは困難であった。また、そもそも1970年代の人道的介入は、現在の人道的介入には当てはまらないとも言われている。(1971年インドの東パキスタン軍事介入、1978年ベトナムのカンボジアへの軍事介入など)。冷戦終結後は、現在の人道的介入に当たる、安保理が主体となり、国連憲章7章に基づき強制措置や交渉を円滑に進めるための武力行使などが出てきた(1993年のソマリア、1994年のルワンダ、1995年のボスニアなど)。
 その後、2000年カナダ政府により設置された干渉と国家主権に関する国際委員会(iciss)が作成した報告書で提唱され始めたのが新たな人道介入の概念となる
保護する責任(sovereignty as resposibility「R2P」)が主張され始める。これは「各主権国家は国民を保護する責任があり、それが全うされない場合においては、当該国家に変わって、国際社会が彼らを保護する責任がある」というものであり、ルワンダ、ボスニア、コソボなどの人道介入の反省から出てきた考え方である(*4)。ただ、2005年の国連サミットの成果文章は「住民を集団殺人、戦争犯罪、民族浄化及び人道犯罪から保護する責任は個別国家にある」とした上で、国際社会もそのような住民保護を支援する責任があるとしつつも、集団行動を採るのは当該国家が保護しない場合に国連憲章に従い、安保理を介して行うべきとしている。この成果文章は、2006年の安保理決議1674でも再確認された(*5)。
 しかし、近年の人道的介入(リビアの例など)は国際的な人権意識、ボタンが示していた「僭主の殺害は合法化か否か」など、レジームチェンジを含んだ野心的な介入が現れ始めた(*6)。「保護する責任」では明確に否定されていたレジームチェンジが肯定されつつあるという問題が21世紀の人道的介入の争点になっている。
このように、人道的介入の大きな特徴としては①人道性、②不確実な正当性(安保理決議を待たずしてのコソボ介入)、③軍事面の制約、④秩序と正義の調和、そして、人道的介入に伴うレジームチェンジ(*7)が大きな問題になっている。

*僭主(せんしゅ)


2,個別的事象
⑴コソボ
 ミロシェビッチ大統領のユーゴ連邦政府が、セルビア共和国のコソボ自治州において、反政府派の組織の総統に乗じて独立運動をしていたアルバニア人への弾圧を行ったことから始まった。このコソボ紛争は「ユーゴ政府」vs「コソボのアルバニア人の解放軍」の構図から始まる。初期の段階では政治的地位をめぐる争いであったが、途中からユーゴ政府部隊が解放軍以外の一般市民に対しての迫害が発生してしまい、人道上の問題になっていった。
 この紛争に対し、アメリカやイギリスは一年以上外交交渉を行っていたが(*8)、安保理の後ろ盾(安保理決議1203)をきっかけに、NATO軍が空爆に踏み切った(*9)。初期段階の1999年3月ではNATO軍は苦戦を強いられていたが、5月ごろのロシアの積極的な支援を皮切りに、空爆が強化され、最終的にミシェロビッチが和平案を受諾し、6月20日に作戦が終了した。
 当該作戦はNATO軍の空爆の長期化やユーゴ部隊の戦闘行為の抑止点から見れば、失敗していると言えるだろう。しかし、あくまでも外交交渉を目的のための武力行使であったので、概ね成功と言えるだろう。

⑵リビア
 2010年12月、チュニジアの青年が独裁政治への抗議の意思を表明するために焼身自殺をした。これをきっかけに中東や北アフリカ全体に民主化運動の流れが起き始めた。これを「アラブの春」という。長期間、独裁政治をしていたカダフィ大佐のリビアにも「アラブの春」が訪れたことで紛争が始まった。
 2011年の2月に東部のベンカジでデモ運動が発生したことを皮切りに、国内の各地でデモ運動が起きた。ルソーが指摘した「好戦的な君主は、敵に対してと同様に自らの国民に対しても戦争を行う」というように、カダフィ大佐はこのデモ運動に対応する形で空爆、地上部隊による鎮圧作戦、拷問などを行った。このような人道危機に対し、安保理が安保理決議1973を採択し、市民保護のための武力行使の容認を認め、NATOが空爆を行った(*10)。この人道的干渉は2001年に主張された「保護する責任」を安保理を通じて、初めて実践した作戦とも言われている(安保理決議1970)。およそ5ヶ月で当該作戦は終了し(*11)、国民評議会(反政府派グループ)が国連総会で承認され、新しい政権が始まった。
 全体的に見れば、当該作戦は成功のように見える。しかし、当初の目的であった「市民の保護」は、最終的に「レジームチェンジ」に近い形に変化していた。安保理決議1973ではリビアの状況が「国際の平和と安全に対する脅威」を認定し、加盟国に対して、市民や市民の住まう地域の保護するための武力行使を認めた。武力行使の要件はあくまでも「市民の保護」である。公式的(イギリスの外務省やNATOの事務総長も)にも「市民の保護」を謳っていた。だが、インターナショナル・クライシス・グループのリビア情勢によるレポートによれば「レジームチェンジであることを否めない」と書かれている(*12)。政権側(カダフィ側)との対話の可能性や反対派のカダフィ政権の退陣を目標していたが、あんまり上手くいかず、本来の目的である「市民の保護」という目的から「カダフィ政権の打倒」に切り替わった可能性は否定できない。ただ、小松氏によれば、アフガン戦争やイラク戦争と異なり、リビアの人道的介入が短期型ではないので、レジームチェンジはあくまでも可能性であるに過ぎないとしている(*13)。だが、本事例が人道的介入に伴うレジームチェンジの問題を提起したのは事実だろう。


3,人道的介入によるレジームチェンジの必然
 リビアの事例は、冷戦後から始まった人道的介入とは異なり、レジームチェンジの可能性を含んでいることで議論を呼んでいるが、上記で記載した政治思想家であるジャン・ボダンは16世紀の段階でレジームチェンジを含んだ人道的介入を正当化している(*14)。また、彼の他にもフーゴー・グロティウスは隣人への共感や同情は自然法に内在しているが故に、介入や制裁は、共通する人間性の利に適うなら、正当化されると主張したり(*15)、社会契約論を説いたトマス・ホッブズも国益増進の目的に限定されているが、人道的介入を肯定している解釈がある(*16)。
 このように、単なる外交政策としてのレジームチェンジではなく、人道的介入に伴って出てきたレジームチェンジは古くからある問題であり、人道的介入を議論する上で、レジームチェンジの意義は看過できない問題であるだろう。


4,人道的介入によるレジームチェンジの検討
①国家と国連<改定の必要性>
 国家の資格要件に関しては、米州諸国が採択した1933年「国家の権利及び義務に関する条約」(=モンテビデオ条約)がある。この条約の1条で①永続的住民、②確定している領域、③政府、④外交能力を国家の構成要件としている。端的に表すと「一定の地域において、一定の住民を、独立した統治機構を持って有効に支配している(*17)」団体を国家としている。また、この条約では国家の成立要件だけでなく、国家が国際法上の法人格を持つ主体として平等的に扱われるべきであることも規定されている(*18)。 
 上記の条約で規定されている中で、「③政府」は国内の秩序維持のための国家管轄権を行使できる統治機構が現実的に機能的に確立していることを示している(*19)。1章で示した人道的介入の定義の一つである「③ある国の政府がその領土内に居住する人々に対し任意にかつ継続的に非人道的、残忍な取り扱いをする場合」から考えると、仮に上記に当たる行為をする政府は、当該条約の「③政府」の要件を満たしていないことにならないだろうか。また、人道的介入は、通常の外交能力がない国に対して、外交を円滑に進めるために行うことが多い(ボスニアやコソボなど)。そのように考えるのであれば、ある人道的介入が外交発展目的である場合、人道的介入を受ける可能性がある国家は、国家要件の一つである「④外交能力」が部分的に欠如している可能性があると言えないだろうか。まとめると、人道的介入が行われる国は、上記の条約に規定されている「③政府」と「④外交能力」が欠落している可能性があると言える。ただ、これだけでは人道的介入は肯定できても、それに伴うレジームチェンジまで肯定はできない。 
 そこで国連憲章を確認して見ると、国連の目的を規定している国連憲章1条2項には「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること並びに世界平和を強化するために他の適当な措置をとること」が、3項には「経済的、社会的、文化的または人道的性質を有する国際問題を解決することについて、並びに人種、性、言語または宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること」規定されている。それらを踏まえると、国家の構成要件を満たしていない団体に対して、人道的介入を行い、そして「人権及び基本的自由を尊重する行為」を目的に行うレジームチェンジは、国連の目的に則った行動であると言え、条約と国連憲章上では、人道的介入に伴うレジームチェンジは特段問題はないと言えるだろう。
 
②グローバルな正義
 1990年代からのグローバル化とジョン・ロールズへの批判から発展してきた主義団体にコスモポリタニズムがある。世界市民主義とも言われるコスモポリタニズムは国家や共同体とは対照的に、全ての人間が平等的な道徳価値と配慮を権利として持っているとし、個人に重要性を置いている。また、ジョン・ロールズが説いた正義論は伝統的に国家単位に限定されている(*20)一方で、コスモポリタニズムは国籍や地位に関わらず、地球上全ての個人にとって、適用しようとするものである。そのため、コスモポリタニズムの研究者は、一般的にロールズの国家中心の正義への批判を基にすることがほとんどである(*21)。
 例えば、国連のような国家の機能の一部(安保決議のような法的拘束力のあるもの)を実行することができるグローバルな機関を持っていることを理由に、ロールズの原初状態(*22)をそのまま国際社会にも適用しようと主張したチャールズ・ベイツを中心に、グローバルな不平等や貧困の改善を説いたトマス・ポッゲや人道的介入の分析を行うメアリー・カルドーやダニエル・アーチブージがいる。
 このメアリー・カルドーは、著書の『新戦争論』でクラウゼウィッツが定義した「国家の利益をめぐる国家間の争いを戦争とした概念」を旧式的なものとし、1980年代以降に起きた暴力行為を「新しい戦争」と定義した。「新しい戦争」は、国家の崩壊という脈絡から生まれ、社会の不安定化に乗じて、恐怖と憎悪を煽り、アイデンティティーや意見の異なる人々を排除するような性質を持っている。彼女は「必要とされているのは、〈新しい戦争〉に対するより政治的な対応である」と主張し、「恐怖と憎悪を蔓延させる戦力に対抗して、人々の〈感情と理性〉を育むという戦略」を取られなければならないと考え(*23)、新しい形のコスモポリタニズムとしての「コスモポリタン的なアプローチ」を展開した(*24)(*25)。既存のコスモポリタニズムであるなら、人権を保障を目的としている国連憲章55条「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の平和的且つ友好的関係に必要な安定及び福祉の条件を創造するために、国際連合は、次のことを促進しなければならない(*26)」を見る限り、国連サイドもこれを容認している。要するに、コスモポリタニズムは人道的介入によるレジームチェンジを肯定していることになる。
 ただ、上記で述べた「人々の〈感情と理性〉を育むという戦略」から考えると、ある程度の範囲であれば人道的介入に伴うレジームチェンジも容認できるかもしれないが、カルドーは人道的介入で行われる空爆を「国家主義である」と批判したり、PKO(国連平和維持活動)に対して、「せいぜいのところ、人々が食料を手にしたり、脆弱で壊れやすい停戦が合意された程度に過ぎず、それさえも国連平和維持部隊の存在に帰することができるかどうかは明確ではない。他方、たとえばルワンダで虐殺を止めることができず〔80万人ともいわれる人々が殺された〕、またいわゆる安全地帯と呼ばれてきたボスニアのスレブレニッツァがセルビア人勢力によって攻撃され、あるいはソマリアで軍司令官のアイディード将軍を捕まえようとしたものの茶番と悲劇の混ざり合った結果に終わってしまったことなどは、まさに最悪の事態といえよう。こうした結果、国連はその面目を失い、辱めを受けてしまったのである。」として批判しているため(*27)、国連サイドがコスモポリタニズムを容認していたとしても、人道的介入を伴うレジームチェンジを肯定することは難しい。
 

終わりに
 国連憲章を踏まえれば、人道的介入に伴うレジームチェンジは肯定できるが、正義論などの国際政治の分野ではこれを肯定するのは難しい。結論から言えば、人道的介入に伴うレジームチェンジは肯定することはできないことになる。
 人道的介入に伴うレジームチェンジは古くからの問題であるが、実例として現れてきたのはここ最近である。研究も発展段階(自分が調べた範囲では)であり、国際法や正義論の二つだけでは端的に結論を出すのは非常に難しい。実際に行われたレジームチェンジの事例やレジームチェンジの有効性など幅広い視点からこの問題を検討していく必要性があるだろう。


<註>
*1 小松志朗『人道的介入』、早稲田大学出版、2014年、34頁
*2 同上、38頁
*3 42条「軍事的措置」は1950年の朝鮮戦争での朝鮮国連軍と1991年の湾岸戦争での多国籍軍の派遣が該当する。
浅田正彦『国際法 第4版』、東信堂、2019年、480頁
*4 小松志朗『人道的介入』、早稲田大学出版、2014年、97頁
*5 浅田正彦『国際法 第4版』、東信堂、2019年、472頁
*6 ウォルツァーは「政治においては純粋な善意など幻想に過ぎない」と語り、またワイスは「人道的介入の本質は人道性にあるが、そこには主要な動機が伴っている」と述べている。彼らの主張によると、人道的介入には野心が寄り添う形で伴っていることになるだろう。
小松志朗『人道的介入』、早稲田大学出版、2014年、8~9頁
*7 アメリカの帝国主義を研究するスティーブン・キンザーはレジームチェンジを米国の外交政策の一つであると主張している。体制転覆とも呼ばれ、米国に従わない他国の指導者を倒し、親米色の国家体制に変化させることを指している。
事例として、ハワイやニカラグア、ハイチ、ホンジュラス、有名どころではイラク戦争もこのレジームチェンジの一つとして挙げられる。
*8 上記の介入国側はあくまでも、コソボの自治回複を求めていただけで、独立は国際秩序的な観点から反対していた。
小松志朗『人道的介入』、早稲田大学出版、2014年、176頁
*9 ロシアが強く空爆に反対していたがために、NATOの中で行うことになった
*10 軍事行動開始時は米英仏主導の多国籍軍が行っていたが、数週間後にNATOが軍事作戦の指揮権を引き継いだ。
*11 カダフィ大佐は死亡。ただ誰に殺害されたかは不明である。
*12 小松志朗『人道的介入』、早稲田大学出版、2014年、256,257頁
*13 同上 257項
*14 彼の書籍である「僭主の殺害を試みること、彼の死後に彼の法令を無視すること、放棄することは合法か否か」で正当化を行っている。
小松志朗『人道的介入』、早稲田大学出版、2014年、3頁
*15 単独ではなく、組織的に(国連のような)措置のみ肯定
*16 饗場和彦「国際関係の理論的枠組みからみた人道的介入の一考察 : ホップズ的、グロティウス的、カント的、マルクス 的視角から」Ⅲ章より
(https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/4074/4-5_n.pdf)
*17 小松一郎『実践国際法 第2版』、信山社、2015年、68頁より引用
*18 同上、94頁
*19 浅田正彦『国際法 第4版』、東信堂、2019年、87頁
*20 ロールズの正義論は①国境の内側で止める、②原初状態で選択されたものは同世代間のみ、③社会制度上の正義はヒトの内部でのみ、などの制限がある。
*21 ここまで見ると、ロールズは人道的介入を否定しているように見えるが、実際は一部容認している。p167(人道的干渉の一部容認)
彼の著書である『諸国民衆の法』で世界の社会を、①リベラルな人民(正義の2原理に基づく立憲民主制がある)、②良識ある人民(人格の平等はないが、人権が保障かつ集団での意見交換)、③無法国家(人権侵害)、④重荷を背負った社会(秩序ある社会になるために資源や伝統が欠いている)、⑤仁愛ある絶対国家(人権尊重はあるが、市民が政治的決定できない)、この五つに別けて、③に該当する国家にのみ、国境内部で止める制限をなくしてもよいとした。
*22 無知のヴェール(=この中では誰もが、自分がこの世界の中で何者であるか忘れる)を被っている状態のこと。この状態では自分の能力や地位が分からないので、
この中で(原初状態)論議すれば、皆自分は最も貧しい人間になってしまう可能性を考慮して話し合うことができる。ジョン・ロールズが提唱したものである。後に、「自分が何者でもないとすれば、有意味な選択などできない。選択は自分がどこの場所に所属しているかを分かっていなければできない」と批判された。
*23
https://www.tais.ac.jp/faculty/graduate_school/major_incomparative_culture/blog/20130501/24676/
より引用  (閲覧日2019/9/22)
*24 「コスモポリタン的アプローチ」の具体案としては、①トップ・ダウン型の外交からコスモポリタン・ポリティクスへ、②平和維持・平和執行からコスモポリタン法の執行、③同意、④公平性、⑤武力の行使、⑥人道的支援から復興へ、がある。
*25 国際連盟や国連はコスモポリタニズムの影響から作られたものだが、その組織性から。
*26 ①一層高い生活水準、完全雇用並びに経済的及び社会的の進歩及び発展の条件
経済的、②社会的及び保健的国際問題と関係国際問題の解決並びに文化的及び教育的国際協力、③人種、性、言語または宗教による差別のないすべての者のための人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守
*27
https://www.tais.ac.jp/faculty/graduate_school/major_incomparative_culture/blog/20130501/24676/
より引用  (閲覧日2019/9/22)
*28
https://www.tais.ac.jp/faculty/graduate_school/major_incomparative_culture/blog/20130501/24676/
より引用  (閲覧日2019/9/22)


<参考文献>
ジョン・ロック『統治二論』、岩波文庫、1992年
芦部信喜『憲法 第七版』、岩波書店、2019年
長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』ちくま新書、2014年
下篠芳明、東裕ら『日本国憲法』、嵯峨野書院、2016年
東浩紀『一般意志2.0』、講談社文庫、2015年
小松志朗『人道的介入』、早稲田大学出版、2014年
浅田正彦『国際法 第4版』、東信堂、2019年
小松一郎『実践国際法 第二版』、信山社、2015年
高橋正堯『国際政治』、中公新書、1996年
神島裕子『正義とは何か』、中公新書、2018年
篠田英朗『平和構築入門』、ちくま新書、2013年
大沼保昭『国際法』、ちくま新書、2019年
カント『永遠平和のために』、岩波文庫、1985年
國分功一郎『近代政治哲学』、ちくま新書、2015年
マイケル・サンデル『これからの正義の話をしよう』、ハヤカワ文庫、2011年

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