ストレンジャー『(2)奥山家の娘』

 *
 なんでこんな時間に警察署へ来ないといけないのか。
 彼女は倒れたときについた擦り傷くらいしか外傷がないので、自分の足で歩かせて来たが、何の文句も言わない。まあ言われても困る。
「あの、靭(ゆぎ)さん」
「うん」
 ちょっと疲れた。
「私ってどうなっちゃうの」
「う、うーん」
 道中は特に何も話さなかったけれど、そりゃそう思うよなぁ。
「……怖い」
「大丈夫だって、実はさ、僕のおじさんがここの署長だし、きっと捜索願が出ているから家族が迎えに来てくれる」
「うん」
「きっと大丈夫」
「……ありがとう」
 警察署の中へ。
「おっ、こんな時間にどうしたんですか、靭さん」
「ああ、渡辺さん!助かります!」
 身長一八〇センチの渡辺巡査と遭遇した。
 彼は僕より年下だけれど、しっかりして頼りになる青年だ。
「あれ、奥山さんのお嬢様、これはどうも」
「え……」
 奥山……どこかで聞いたことがあるような。
「あれ、お二人ってお知り合いなんですか?意外ですねぇ」
「私の苗字は、奥山なんですね」
「え……」
 今度は渡辺さんが面食らっている。
「奥山さん、奥山友莉(ゆり)さんですよね?」
「あ、あの、実は私……」
「渡辺さん、困ったことにですね……」
 事情を話しこんだ。
「そういうことですか……困りましたね」
 なぜ渡辺さんが困るんだろう。
「え、なぜですか?」
「靭さん、実はですね……」
 僕にだけ聞こえるように彼は言う。
「彼女のお父様から、母親と喧嘩したから家に戻すな、と言われているんです」
「え、彼女と母親が喧嘩したんですか?」
「そういうことです。警察さえ頼らせるな、とは凄い話ですが」
「じゃあ、本当に」
「そうなんです、彼女は今、路頭に迷っているかもしれません」
 助けない訳には、いかないのかなぁ。

 奥山家はこの名古屋の東にある区の昔からの地主で、この地域を代々支配してきた。現代においてそう力はなくなってきているが、彼女の父親は市会議員で、お爺さんはそれこそ政治家ではないものの、この地域で名前を知らないものはいないくらいの発明家だった。その一代で財産を何十倍にも膨らませ、あまりそういうことに関心のない僕でさえ、噂話から尊敬できる人だ。
 もう陽が昇る。
 仕方なく僕のアパートへ連れて帰った。事情は渡辺さんから伝わるだろうから、特に法的な問題はないだろう。
 コンビニでウーロン茶と緑茶とコーラを買ってきたから、ウーロン茶でも飲むか。あんまりない来客用のコップも出して、友莉に聞く。
「どれ飲みたい?」
「私は……緑茶がいいです」
 借りて来た猫みたいになっとるな、そりゃそうか。
「はい、どうぞ」
 緑茶の入ったコップを渡す。
「ありがとうございます」
「うん」
 自分のウーロン茶を飲む。
「……あの、脱ぎましょうか」
「ぶっっ!!」
 吐いた。
「あっ、ごっ、ごめんなさい」
 彼女は傍にあったティッシュで拭き始める。
 僕も手伝う。
「もー、そんな馬鹿なこと言うなよー、ほんと」
「え、だって、男の人ってそういうものですよね」
「いや、確かに間違ってはいないよ、でもさぁ」
「でも?」
「君みたいに家柄のいい子に、どうこうって男はさ、そうあんまりさ」
「……私は記憶がないですけど、なんか嫌な気持ちです」
「あー、ごめん」
 じっと見つめてくる。
「私は、靭さんなら、いいかなって」
「あー、もう、そういうのいいから」
「……はい」
「大丈夫だって!」
「……え?」
「乗りかかった船だから、なんとかなるまで面倒見るって」
「靭さん、優しくて素敵です」
「約束するよ。まあ、ひとまず」
「はい」
「そのiPhoneのラインとかSNSから、自分がどんな人間だったか思い出せるかもしれないから見ておいてくれ。僕は、ああ、床で寝るから。嫌じゃなければこのベッドで」
「嫌じゃないです」
「じゃ、歯磨いて寝るわ。おやすみ」
「おやすみなさい」

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