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回転寿司の治安と私の祈り

少し前の話になりますが、回転寿司に行ったんですよ。16時半頃。晩ご飯時になると混むので少し早めに行ったんです。
回転寿司に行くとフライドポテトを最初に注文します。揚げるのに少し時間がかかるからです。ポテトを揚げてる間に、立て続けに注文した寿司を食い始める、という段取りでスムーズに滞り無く食事を進めたいわけです。

16時半なので、店内はかなり空いておりました。中途半端な時間帯でしたからね。店内には家族連れの客はおらず、パラパラとおひとり様が何人かいるくらい。私の座席のはす向かいにも、50歳くらいのトレンチコートを着た渋めの男が一人。ロマンスグレーの髪を七三に分け、張り込みの刑事のような据わった目つきで流れる寿司を見つめていました。回転寿司を食うにはシリアスすぎる眼差しです。ともすると、本当の刑事かもしれませんね。流れる寿司の隙間から時効間際のホシを睨み、焦りながらも確保のタイミングを静かに待つ。そんな雰囲気です。

この店は、座席のタッチパネルで注文したものがベルトコンベア的なレーンに乗って、のんびりと我が手元に運ばれてくるタイプです。自分の座席を通過する前にタッチパネルから「まもなく、ご注文の品が到着します。」というアナウンスが鳴るやつです。
私が注文したフライドポテトも例外なくのんびりとレーンに乗って運ばれてきます。

ここで下記の「図説1」をご確認いただきたい。寿司の流れ、そして、私とその刑事風の男との位置関係を表したものです。

poteto図1

私が注文したものは、例の男の前を横切り、左端のコーナーを回って手元に届く流れになっています。

ポテト、まだかな、ポテトまだかな。

厨房側のトンネルをくぐり、ゆっくりとレーン上に姿を現すポテト。
お、来た来た。しかしまだ旅は長い。早く来い。熱いうちに来い。

ポテトがその男の前を通過するちょうどその時、男はひょいと、ごく気軽に、私のポテトを2、3本つまんで食いやがったのです。
それは、映画を見ている人が、スクリーンから目を逸らさずにノー・ルックでポップコーンをつまんで食べるような、小慣れた気軽さでした。

治安が悪い。
回転寿司の安全神話は終わったのでしょうか。

私はこのような事態の当事者になったのはこの時が初めてでした。驚いたと同時にこれはさすがにビシッと言ってやらないといかんな、という勢いで席を立ちあがった時、わたしはふと思いました。

あれは、私のポテトなのだろうか?

例えば、あのポテトが無事に私の前に到着して、タッチパネルが「到着したよ」と告げたとしても、私がそれをピックアップせずにスルーしたら、私の会計には追加されないわけです。
私がピックアップするまでは、「私のポテト」ではなく「店のポテト」なのではなかろうか?だとすると、私がここであの男に「おい、俺のポテト勝手に食ってんじゃねえよ!弁償しろ!」と詰め寄るのはなんか違う気もするし、それに、この善悪とは別に、周りの客から「あの人、そんなにポテトが好きなのか」という風にみられるのも、なんか恥ずかしい気もするのです。

ゆっくりと、ちょっと減ったポテトがコーナーに差し掛かる。

なにか事例はないか、これに似た状況はないでしょうか?
そうだ、例えば宅配ピザ。私が注文したピザの配達中、配達のお兄さんがちょっと目を離した隙に誰かにちょっと食われた、というのはどうでしょう?
ピザ屋はちゃんと作ったが、届ける過程で第三者にちょっと食われる。という流れです。
この場合、「ちょっと食われた状態」を私が発見するのは、ピザの箱を開けた瞬間であるので、誰が食ったのかはわかりません。となると、配達の兄ちゃんも容疑者の一人だし、配達する前の段階でピザ職人がちょっと食ったかもしれません。結局私には犯人はわからないので、私のクレームはピザ屋に向けられることになります。おい、お前んちのピザどうなってんだよ、と。

しかしながら、今回のホシはわかっています。私は目撃者なのですから。
なので、このピザ屋のたとえ話とはちょっと構造が違う気もします。

「ご注文の品が、到着しました。」と、タッチパネルのアナウンスが鳴る。

どうしよう、ピックアップすべきか、いや、ピックアップしたらダメなような気もする。困った私はタッチパネルの右上の「店員呼び出し」のボタンを押す。

例のポテトは私の前を通り過ぎ、下流へと流され、誰にも触れられないままトンネルをくぐり、ちょっと減った状態で生まれ故郷の厨房に消えてゆきました。

「お呼びでしょうか?」
と、現れたのは20代前半の女性スタッフ。金髪。年齢の割にしっかりとした印象。世の中の不条理や悪には絶対に屈しないわ、といった芯の強さが感じられる女性でした。この人なら頼れそうだ。おそらくアルバイトではあるものの、事なかれ主義の店長を差し置いてスタッフ全員から信頼されている実力者に違いない。

長尾:「私さっきポテトを注文したんですけどね。」
店員:「はい。ありがとうございます!」
長尾:「で、そのポテトが来る途中に、あのおじさんにちょっと食べられちゃったんですよ。」
店員:「え!何ですって!」
長尾:「なので、新しいポテトをもらえませんかね?」
店員:「すぐにお持ちします!あと、どの人ですか?ポテトを食べたのは」
長尾:「あの、トレンチコートの、あのおじさんですね。」
店員:「あー!あいつまた!」
長尾:「え?また?」

店員さんは私とこのようなやり取りを交わすと、すぐに踵を返して、つかつかとトレンチコートの男のところに直行。男の隣に立ってめっちゃキレていました。ケツでも蹴り上げんばかりの勢いで説教し、店から追い出してしまいました。
わーお、すげー。負けん気の強いジブリアニメのヒロインのような感じでした。

そして、その店員さんは私のところに戻ってくると、

「すぐに新しいポテト、ご用意しますね!少々お待ちください!」

と言って、きびきびと厨房へ戻っていきました。


なんかすごい感じになったなぁ、と、ぼんやりお茶を飲んでいると、寿司が出てくるトンネルから、ひょこっとできたてポテトが顔を出したのです。レーンに乗ってのんびりとやってくる。
明らかにあれ俺のじゃん、俺の新しいポテトじゃん。俺の新しいポテトの旅がまた始まってんじゃん。たしかにね、店員さんは悪くないんだけれどもさ、こういう流れになったんだから店員さんが持ってきてくれると思うじゃん?流すかね?もう一回流すかね?レーンに。

晩ご飯時も近づき、お客さんも少しずつ増えてきている。

治安がさ、このレーンの治安が心配なのよ。

探したよね、さっきのヒロインを。中腰で店内を見回したよ。そしたらいましたよ、店の端っこにいましたよ。手を「アーメン」みたいにして、祈るような眼で俺の新しいポテトをまっすぐ見てたわ。
今度こそポテトがあの人に無事に届きますように、みたいな感じよ。違うじゃん!持ってきて欲しかったよ俺。でももう流れてるからねポテト。もうさ、こうなると俺も祈るよね、がんばれ、がんばれ、ってね。「はじめてのおつかい」を観てる時の心境ですよ。寄り道しないでまっすぐこっちにくるんだよって。

今思えば、私が「祈り」というものを経験したのは、これが初めてだったかもしれません。

あと、回転寿司というものは治安の良さを前提に成立している奇跡の外食だという事を、我々は忘れてはいけません。アーメン。


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