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【映像制作のコツ】企画②「リトル・チャロ」より~ターゲットの声に耳を傾ける~

「リトル・チャロ」ってご存じですか。
語学コンテンツとして、2008年に放送が始まった英語アニメです。
子犬のチャロが、ニューヨークで飼い主とはぐれて、再び日本に戻って再会できる日を夢見て冒険するというストーリー。
その後、4つのテレビシリーズの放送の他、テキスト本、ラジオ、DVD、CD、小説、絵本、ゲーム、キャラクターグッズ、さらに電子辞書にも展開した作品です。
このコンテンツを企画・開発した時の、記憶に残る体験談を紹介します。

➀「リトル・チャロ」誕生直前の大事件

私が英語アニメを作ろうと企画を立て、チャロの世界観を構想したのは、放送開始の9か月前のことでした。
準備時間が長くかかるアニメの企画としては遅すぎるスタートで、その後の作業は特級の突貫工事でした。
大急ぎで50話分のアウトラインを作成し、わかぎえふさんと脚本の開発を進めます。
10月初めにはキャラクターデザインを決定し、1話から順にアニメの制作に入りました。

主人公のチャロのデザインは、何十通りもデザイナーさんに描き直してもらいました。
ようやく私が「これなら」と思うものを選び、アニメ制作がスタートしたのです。
ところがその数日後、頭を抱える事件が起こりました。

隣の班で仕事をしていた30歳前後の女性スタッフに、チャロのデザインを持っていき、「これどう?」と聞いたのです。

リトル・チャロのターゲット層は、英会話に憧れる30代女性。
オジサンの好みで決めちゃいけない、とこれまで何人もの女性スタッフに意見を聞いて、「いいんじゃないですか」との声をもらっていました。
それでも、より年齢がターゲット層に近く、いつも歯に衣着せぬストレートな意見をくれるスタッフさんがいたので、念のため彼女にも聞いてみよう、というわけです。

きっと「かわいいですね」と言ってくれる。
そう期待しながら、私は彼女にキャラデザインを見せました。
ところが、子犬のデザインをひと目見て、彼女はこうつぶやいたのです。

「あり得ない」

②ターゲットのニーズを聞く


その夜、私は眠れませんでした。
あり得ないと言われたキャラデザインでこのまま進めるのか。
思い切って、キャラを変えるべきか。

予算の少ない語学番組にあって、コスト高のアニメを作るなどとは、普通には考えられない大きな賭けでした。
しかも子犬の冒険物語という、語学スキットとしては見慣れないパターン。
周囲には、眉をひそめる向きも正直ありました。
もし失敗したら、「言わんこっちゃない」と白い目で見られることは必至です。

何としても成功させたい。
しかしもうアニメ制作は、スタートしてしまっている。
判断が遅れれば、無駄なコストがどんどん上積みされる・・・・・・どうする?

眠れぬ一夜を過ごした翌日、私はアニメ制作会社の担当者に連絡をしました。
「制作ラインをいったん止めて、キャラデザインをやり直してもらえませんか」
その担当者がどんなに怒り出すかと身構えていたところ、反応は意外なものでした。
「私もその方が良いと思います」
今のデザインは子供向け。30代の女性に向けるなら、もっと抽象的で洒落たデザインの方が良い、というのです。

そうなんだ・・・・・・。
てっきり、こんなキャラだったら受けるだろう、と思っていた。
しかしそれは、プロデューサーの勝手な思い込みで、ターゲット層の好みからは程遠いものだったのだ。

結局、かなりの出費を伴いつつも、二週間ほどで新しいデザインが決まり、あらためてアニメの制作がスタート。
こうして、子犬のチャロは今のフォルムで、ニューヨークの冒険の旅に出ることになったのです。

リトル・チャロは、マルチメディア展開の上では、語学番組としてこれまでにないヒット作となりました。
放送は第4シリーズまで継続し、DVDやキャラグッズも売上を伸ばしました。
ねらい通り、若い大人たちの間で人気になり、さらにその子供たちも巻き込んで、家族一緒に英語を楽しめるコンテンツになりました。

そして十数年後。
かつて幼い頃に親と一緒にチャロをテレビで楽しんだり、受験の英語学習に電子辞書のチャロで勉強したりした子どもたちが、今、私の教え子としてメディア論や企画のノウハウを学んでいます。
彼らに、私はこのエピソードをよく披露します。

企画には、必ずターゲット層の設定が必要だ。
そしてターゲット層のニーズや好みに合わせて、コンテンツを作らなくてはならない。
自分の好みを押しつけてはいけない。
ターゲット層となる人たちの声に、真摯に耳を傾けなさい、と。








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