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発言に気をつかう日

少し頭が硬いと思われてしまうかもしれませんが、エイプリルフールって何の意味があるのかな?と思います。

そもそも嘘を吐いていいのは、人を悲しませないためにだけ許されることだと思っていて、必要もないのに嘘を吐く人は苦手です。(というか距離をとります)
今日という日に限っては、何か重大な発表をしようものなら、「エイプリルフールのネタなのでは?」と思われる可能性が高いので、真面目なことは言えない気がします。

Twitterのタイムラインを見て、「この人はエイプリルフールに乗るタイプなんだ……」とちょっと思ったりしています。

話は逸れますが、”ドッキリ”というものについても少し考える余地があるなと思っています。
もちろん、私もそれを見て面白いと思ったりするのですが、その笑いは”嘲笑”なのではないかな、と感じています。
ドッキリを仕掛けられる人のキャラクターにもよりますが、それにかかった時に驚くだけでなく、悲しんだり怒ったり、苛立ったりしている様子を見てしまうと、”面白い”とは思えない自分もいます。

最近のお笑いは以前のものに比べて「人を傷つけないこと」に重点が置かれているように感じますが、一方でドッキリは全然減らないし、複雑な気持ちになっています。

人間なので、嘲笑うことが全くないわけではないですが、テレビの向こうで頑張っている人に対してそれを向けるのは申し訳ないな、と思っています。

ちょっと色々気にしすぎかな。
でも誰が見ていなくても、自分だけは自分のことを見ているので、なりたくない自分に近づいていくのは嫌なんですよね。
それだけです。
今日も楽しい話題じゃなくて申し訳ないです。
明日こそきっと。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!