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「晴れの日も雨の日も」 #139 私にとっての「書く」

私の「書く」ことの始まりは、大学生の時につけ始めた「臨吾」というノートだ。
水泳部の連中と昼も夜も濃い付き合いをしていた。その中で意識がキュルキュルっと一気に巻き上がりいろんな気づきや学びを得た。

そうしたことを書き綴ったものが「臨吾」だ。
次々降臨してくる言葉をせっせと書きとめた。

シーズン中は疲労困憊でそんなものを書く余裕はない。書けるのはシーズンオフの間だ。春合宿に突入してシーズンインすると、しばらく水球に没頭で「臨吾」はお休み。そしてオフになるとまた復活。そういうことを何度か繰り返して、ルーズリーフ等4冊の臨吾が出来上がった。

今はとても読み返すに堪えない。気負いやなんやらが鼻につくばかりだ。
でもその後8回の引っ越しの中で、このノートは逸失せず手元にある。


大学を卒業してサラリーマンになった後、会社を辞めて教員になることを真剣に考えた時があった。この時にも臨吾が復活した。
50代前半、営業部長としてピークを迎えていた頃、今こそ慢心を戒めもっとひたむきに生きなければ、と思った。この時にも臨吾が再復活した。
こういうことが拙noteの原風景・下敷きになっていると思う。

就職してすぐ東京に転勤になり、当時知り合ったばかりの現細君と清き文通を続けた時代がある。毎週週末に手紙をやりとりする生活が約1年半。365日✕1.5年÷7日/週≒78週だから約80通近い手紙を書いたことになる。
この手紙は私の分も細君の分もともに現存しない。

手紙を書くのは結構好きだ。
闘病中の大恩師にお手紙を書いたことも何度かある。
サラリーマン卒業時に細君から手紙を頂き、返信を渡したりもした。
他にも節々で何度か大事な手紙を書いた。
シビレル手紙を頂き、こちらも赤心の手紙を返信したこともある。
一方、精一杯の心を込めて書いても、必ずしも届くとは限らないことも知っている。

自分の大切な思いを手紙に認めると、気持ちの純度や高まりが増す。メールやLINEではなく、ペンとインクで赤心の心を込めて手紙を書く、というのは、私にとって大事な時間だ。

組合の東京支部長の任にあった頃、組合員向けにいろいろ発信したいと思った。食堂の掲示板に壁新聞を張り出そうと企画した。客寄せパンダの特集として「ボクとワタシの恋愛講座」なんて記事を考えていた。結局、この構想は実現しなかったが、「支部だより」の配布を始めた。手書き表紙の手作り感満載の印刷物だ。でも、私の任期が終わるとこの企画はいつの間にか消滅した。私のいつもの独りよがりだったということだろう。

noteは今の私の生活の柱の一つになっている。毎日投稿、という猛者も大勢おられるが、決めると縛られるタチなので、それはやらない。圧は受けたくない。平日週2回の「ほぼ隔日」で十分だ。
noteを続けることで、私の心の窓は開いており、いろんな気付きがある。コーチングを始めて、「聞く」に自分の主軸が移っているが、やはり表現したいものは自分の中にある。noteはそれを露出させる重要な機会だ。

実はnote原稿の他に而今抄というファイルがある。いわば秘密の日記だ。ドロドロしたことも全部吐き出してある。墓場の底までもっていかねばならない。もっとも、10月から「今日の幸せ」」「今日の喜び」「今日の幸せ」を書き始め、かなり上品に改善した。

note記事については、読んだ人の心がほっこりする記事も書きたい。それがなかなか書けないのは、私の心がほっこりしていないからだろう。もっともっとやわらかい心になりたい。note記事は私の心のやわらかさのバロメーターなのかもしれない。

立春を過ぎ梅の蕾がほころび始めた。梅→ウグイス→桜→バラ→ツバメ→紫陽花とくる大好きな季節がもうすぐそこに。

今日も最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました♬ 長井 克之

コーチングのご相談などご連絡等はこちらに→nagaib61s83@gmail.com
(グチ、やり場のない思いやイライラ、悩みなどもどうぞお気軽にメール
 下さい。しっかり受け止めます。皆様の「心のゴミ箱」としてご利用
 頂き、「心のオアシス」を感じて頂ければ誠に幸甚です。)

<予告>
#140 ステキな言葉
#141 おでん屋にて#3 ホワンといこう
#142 一人暮らしのベテランやで〜

(つづく)

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