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よく聞く言葉に逆張りしてみると、考えが深まるような気がする

こんにちは、あさまんがです!久しぶりの更新となりました。

先日の記事にて「もう4月じゃないか!」とか騒いでいましたが、実は5月になっちゃったんですよね。恐ろしいことこの上ない。

新しい環境に慣れてきたころで、自分のペースをつかみ始めた方もいるかと思います。対面授業を再開する大学も多く、「オンライン→対面」という変化が多くの学生の生活に影響を与えましたね。(元に戻した、という方が適切な気もしますが)

僕も心機一転、「せっかくだし何かに挑戦する機会を持とう!」と思い色々なことにチャレンジするようにしています。

せっかくならと思って勉強法を調べ、インターネットをさまよっているとある意見がよく目に入りました。原文ママではなく、それらを統合して平たい言い方にしたものです。

「これからの時代、成長をしなければヤバいです!」

こういったように解釈できる文章が多く感じました。

世はIoT時代。IoTとは’Internet of Things(インターネットオブシングス)’のことで、極端に言えば「インターネットでなんでもできちゃうぜ」みたいなもんです。

そのようなご時世に大切なものとして挙げられるのが、「問題解決能力」「問題発見力」です。これまでの教育は良くも悪くも統一されたカリキュラムに基づいたもので、それでは新しい時代に求められる力を身に付けることは難しいとされています。

確かに、問いに対して1つの確実な答えが与えられている状態に慣れていては、「自ら問いを立て、それを解決するために試行錯誤していく」ことは簡単ではないでしょう。

学校の授業で「話し合い」をする時間も多くなったように思います

じゃあ諦めろとでも言うのかというと、そんなことはありませんよね。

何かを始めるのに、遅すぎるなんてことはない。誰だって努力すれば、それ相応の能力を身に付け、成長することはできるのだ。

これに関して、僕は否定するつもりはないです。むしろ「その通り」と思っています。

かといって、成長の必要性を数学でいうところの「対偶」に言い換えて、人の不安を煽るようなキャッチコピーを作るのはいかがなものかと。

例) 「新しい時代についていくためには、成長することが必要である。」
  ⇔「成長しなければ、新しい時代に置いていかれる。(負け組?)」

これ、どっちの文章も同じことを謳っています。でも明らかに、言い換えたもの(下に書いてある文章)の方が切羽詰まった印象を与えます。

これ、「成長が大切なのは分かるけどキッカケが掴めなくて…」と悩んでいる人には結構刺さるのではないでしょうか。おそらく痛い刺さり方をします。(僕自身にも書いてて刺さっちゃったので…)

タチが悪いのは、それを言うのが往々にして「ある程度成長した」人です。
長期インターンでゴリゴリに活躍したり、いわゆる「ガクチカ」、学生時代に力を入れたことで武装している人であったり…

そういった人が力を貸してあげることはないのか?と思います。もちろん、手取り足取りすべてやってあげることは良くないと思います。「魚を与えずに魚の釣り方を教える」というか、「自分の場合は○○という悩みがあったから、△△のやり方を試してみたよ!」など。

成長するために試みたリアルな経験を伝える方が、よっぽどWINーWINの関係性を作れるのではないでしょうか。「経験のアウトプット」、あなたの成長に一役買ってくれると思うんだけどな~。


コスパ良い/悪い論争

あ~これこれ!周りの大学生みんな言ってるよ。「コスパ」って。

まずコスパって何なのかを調べると、こんなことが分かりました。

つまり、「コスパが高い」とは、「少しの力で多くの利益を得られる」状態のことです。海老で鯛を釣るってことですね。(じゃあそう言えよ、とも思うんですが…)

別に言い方が問題なわけではありません。「コスパが高いどうか」だけを軸にして、物事の判断をしてしまうことが問題であると思っています。

これは大学生によくある(と勝手に思っている)話なのですが、
「この講義はレポートだけば単位を貰えるな。コスパが高いし履修しよ~っと。」という人が少なくとも僕の周りに数人観測できました。

勿論、そういった履修の仕方もアリです。僕もいっぱしの大学生ですから、そういったやり方をすることがなかったわけではありません。

しかし、その判断の仕方に依存するがあまり、すべての物事に同じ物差しを当てはめている人が少なからずいます。

これはベーシックなものさし

僕は何もせずボーっとする時間を過ごすのが好きなのですが、それを同年代の人に言うと「え~!時間がもったいなくない?」という返答をもらうことがあります。

キョトン、としてしまいました。僕にとっては必要な時間ですから、そもそも「コスパ」という基準で考えたことがなかったのです。

大げさな例え話になってしまいますが、コスパで全てを測っていくのであれば、そもそも「労働」という概念はヒトにとって不要になってしまうと考えています。

ヒューマンエラーという言葉があります。人間の詰めが甘いからこそ起きるミスのことです。これって、コスパを基準にして考えたらとっても損です。だからヒトにやらせるより、全部ぜ~~~んぶAIに任せちゃった方が「コスパが高い」んですよね。

それでも我々が働く理由は何か。それは「コスパが悪い」ことにあると考えています。例えば、「時間はかかってしまったし、ミスもしてしまったけれど周囲の人に貢献できた」という気持ちは「やりがい」に繋がります。

僕たちの心を動かすのは、「コスパが悪い」事象であることが多い気がしませんか?


読み返してみるとだいぶひねくれた仕上がりになった気もしますが、たまにこういう事をしてみると頭が凝り固まらずに済みます。

決して特定の考え方を否定するわけではなく、「他の視点から考えることはできないか?」と疑問を持つことで、自分の中にある意見を深められるのだと思います。

柔軟な姿勢で物事を捉えたいものです。

少々マジメな記事ですが、ここまで読んでいただきありがとうございました!次回以降もお付き合いいただけると喜びます!

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