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Uターン転職活動の話(活動終結編)

『終わることの決断』っていつまでも迷う。でもいつかは必ず終わる。

今回で面接などといった、いわゆる『転職活動』という部分の動きは一段落になります。

ここでは、ついに内定をもらい始めたところから、入社する!と1社決めるまでの話になります。

このブロックはすごく濃い迷いをした。安堵もあったけど、それ以上に『最善の形なのか?後悔はないか?』を自分に納得させることの苦悩。

大事なことは、『最後まで軸がブレないように』『一人だけで考えない』『理想のためにはどんな手段もとるべき』といった感じの気がする。

毎回載せてるけど、自分の転職活動の流れは以下です。

1、転職をする決意 (2019/10~11)
2、自己分析(2019~2020年末年始)
3、転職エージェント登録(2020/1初旬)
4、職務経歴書作成(3を行ってすぐ)
5、応募と面接(2020/1中旬~2020/3上旬)
6、内定~転職活動のピリオドを打つまでの決意(2020/3上~中)
7、退職に向けて(2020/3下旬~2020/5末) 
  ※2020/6/1付にて次のところへ入社

そして、自分の転職活動関係の属性については以下の記事に。


ここはあったことを記録するだけなので、コツやポイントはあるかどうか現段階では見えていません。


6、内定~転職活動ピリオド打ちの決意

前回までの記事の通り、2月下旬ほどになったころから、面接は最終ステップに進むものも出てくるようになった。最終ともなれば、そこそこの重役クラスも出てきたり、企業によっては社長がいたりなんて。

それでも、別に言いたいことが変わるわけでもないし、話したいように話すことには変わりなく、べらべらとアピールすることを続けていて。

そうこうしてるうちに内定が出た。最初の内定が出たのは2月末。給与は希望ほど高いわけではないけど、残業も少なく、転勤もあまりないところ。

希望との差異とかはあるけれども、とりあえず1つでも内定出ちゃうと、まずは一旦ホッとする。『結果が出せる』ということがわかったから。

とりあえず内定通知をエージェント経由で受け取り、承諾回答期限を言い渡される。

転職活動はこの『内定承諾して入社するかどうか伝える』ことの回答までの期限が新卒時より短いと思う。自分が言われた期限も1週間以内くらい。

このとき、他にも選考は続いており、
1、2週間後に最終面接予定が1件
2、1週間後に大型企業の1次面接が1件
3、1次面接結果待ちが1件
4、書類合格して1次面接日程待ちが1件

といった感じ。一通り書類選考結果待ちもなくなったところではあった。
とはいえ、内定企業の回答期限内に全選考を終わらせることはできないような状況。もちろん、今内定貰っている企業に入社意志示して、即刻活動に終止符を打つこともできる。

けど、その内定先企業はある程度自分の軸の芯を食うような環境ではあったが、希望を下回る初年度年収だったのが決定判断を鈍らせた。その年収面でいうと、1の企業の方が高そう。だったし、実は2の企業がもし受かれば、迷わず2に行くだろうなんて思ってたのもあって、内定企業は第一希望とも言い難い感じだった。

どうしようかと。無論内定を蹴ってリスタートだってあり得るんだけど、お金以外の条件は揃っているからそれも踏み切れない。

ここはやはりある程度他の企業も受けてみて比較したい。と思い、状況をエージェントに話してみた。相談内容は内定企業先への『年収交渉』と『回答期限の3週間延長』。

年収交渉については、『別のエージェントで年収が希望に見合う企業があって迷っている、年収が○○まで上がれば今の内定を承諾するが、厳しければ蹴ることも考えていて悩んでる。』みたいな感じを伝えると、企業へ交渉してもらうことになった。

ただ、後日エージェントから返ってきた答えが予想外なもので。

なんと、直接内定企業の採用担当と電話で話す機会を設定された。

相談内容については、先方さんもなかなか難色を示していたようで。給与は規定に則って設定しているので、ひとりだけ枠を外れるような運用もしづらいというし、回答期限もそんなに長い延長は難しそうだと。

しかし、もうこうなったら話すかと思い、ある日の朝にアポをとった。

これ結構緊張した。もしかしたらこういうのが原因で内定を取りやめにするとか言われたりするのかなとかも思ったし。相手の人は最終面接でも面接官やってた採用の人だったから、そんなに怖い人ではないのは知ってたけど。

とりあえずいくつか交渉材料を準備してみていざ本番へ。

ちなみにこのとき賃金交渉に準備した材料は、『改めての希望額』と『額アップに見合う人材ですアピール』、そして『承諾してくれたらこの場で入社宣言します、というコミット』だった。希望額は内定時のオファー年収のプラス50~100万円くらいで提示した。

電話は意外と和やかに、しかもお互いに腹を割っていろいろ喋る感じになった。採用の人自身が給与規定に思うこととか、本心とかも出たり。

しかし、結果から言うと年収交渉はルール的な部分もあり失敗に終わった。
ここはもう仕方ないかと思い引き下がった。

回答期限延長もなかなかうまくいかなかった。即戦力な人材を求める企業側のことを考えると、まぁわからなくもない。3週間も伸ばすのは難しいようだった。

が、正直にいろいろと活動都合の話をしていると、プラス1週間だけであればなんとか伸ばせるというところは承諾いただけた。今までの話が交渉として大きな内容だったので、『1週間延ばすくらいなら』と思ったのかもしれない。

もう1週間あって回答期限が2週間に延びれば、1の最終面接は受けられるし、2の1次面接の合否くらいはわかるかと。2の企業は倍率も高かったし落ちることも十分あり得ると思ったんで、受けれるだけOKかと。この際3,4はもういいかなとも。

電話終了。このとき真摯になって対応してくれたのには感謝だった。正直こんな交渉事は自分自身もやったことがなかったので。

とりあえず、内定をキープしまずは2の企業の一次面接から。これは本社での参加が必須とのことで、福岡に。年休を取って飛行機で向かった。

ただ、ここが前の記事で書いた『イメージの違う企業』だということが分かってしまった。転勤が多いので、ずっと福岡で働き続ける可能性は0に近いと。1次は受かったけどすぐに辞退してしまう結果になる。

このとき、もし2の企業を受けることしか考えず、何の交渉もせずに内定を蹴ってしまっていたときのことを考えると今でも少し震える。若干イレギュラーだと思うことも、ルールの範囲内であれば理想に向けて動くべきだと思った。

その後、1の企業の最終面接へ。このとき、延長期限の3日前であった。

この企業の最終面接も本社で受けるということになり。場所はなんと仙台。
今度は半休を取って、新幹線に飛び乗った。

面接については高評価をもらうことができ、たぶん合格しそうな雰囲気がすごく見えていた。(というか、確定の結果を言われないだけで、ほとんどそれに近い意味の表現が出ていた。)

後日改めて連絡とはなったが、遅くなっては困るので、ここも正直に事情をぶっちゃけてしまい、3日以内に結果をもらうことを取り付けた。

こんなこと言えるような人になったのかと、帰りの新幹線はビールを飲みながら少ししみじみした。仙台滞在時間はたった1時間半だった。

そして3日後。1の企業からも内定通知がやってきた。


ここまで来て、自分の中では『この2つの内定のうちどちらかに決めよう』とまでは決断していた。手持ちの求人はすべて何らか対処したところで、また新たな求人を待つまでのことはしたくなかったのと、現在選考段階にある企業は今の内定企業よりも志望度が低かったため、決着をつけるときだと思ったから。

ただここが最終の悩みどころとなった。よくあるタイプのパターンで。

最初に内定貰った企業は、
残業少なくて企業風土も家族第一的な雰囲気でほぼ福岡離れない。でも希望年収よりは低い。

かたやもう一つは、
年収は高く共働きじゃなくてもいけそう。 しかしオフィスは福岡だが管轄がエリアがバカ広く出張も多い。なんなら半年~1年レベルで家を離れることもありそう。 職種的にも休日出勤などの空気が漂ってる。あと、福岡オフィスは少数精鋭部隊らしく入社半年以上は関東で研修になるとのことで、いつ福岡行けるかわからないし、本当に行けるのかも怪しい。

しかもこのときは延長した期限の当日。16:00までに回答しないといけないといった状況で実際に悩める時間は3時間くらいだった。

さらに言えば、仕事中だった笑

わーっとなりながら頭の中でうだうだ考え、会議はただ座ってるだけの人となり、事情を知っている友達や奥さんへLINEをばらまきまくったりしてた。

ただ、最後の最後で決断に至ったのは、『最初に決めた軸』と『家庭内で出た意見』が決め手となった。

奥さんからも『多少年収が希望以下でもワークライフバランスがとりやすいほうがいい』という意見が出た。それに、年収は希望以下だけどUターン後の生活プランを試算した際には別に問題のある数字じゃないことが一応わかっていた。

やはり最後は軸に立ち戻って決定すべき!と決心し、エージェントに最初に内定をもらった企業への選択する旨のメールを出した。

会議中に。15:55くらいだったと思う。

すごいガチャガチャしつつ終わってホッとするのもつかの間。午後の時間を全て上記の迷いに当てていたために、目の前は仕事で真っ白になった。

残業後、家に帰り改めて完了連絡を行い、転職活動に終止符を打った。


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正直、今でも最善だったかどうかなんてわからないですよね。

もしかしたらイメージ違うと思っていた企業が、自分の入社時は転勤のない働き方ができていたり、内定蹴った企業も完全なホワイト気質で高収入得れるものだったりとか。

ただ結果的に、選んだ企業での生活は、”今のところは”残業もほぼないし、それなりにいい状況でもあるので、不正解ではなかったと思ってます。

『選ばなかった未来のことなんて考えても』っていうやつです。

新卒の時も実は近いことあったような気がする。本命は前職の企業だったけど、もっと大きい安定感のある企業にも受かってしまっていて『本来の希望している方針と違うから』という理由で内定蹴ったことあった。

まさか数年で同じような局面に立たされるとは。時代は短い周期でも繰り返されてしまうのかもしれないです。

これで終わったように見えますが。実はまだまだ続きます。

個人的に思う転職活動期間は『前職の会社を去るまで』。

遠足だって家に帰るまでが―、なんて言われますがそのノリです。
ただ、これが意外と転職先見つけるのと同じくらい、ヘタすればそれ以上に大変だったり。心身ともに面倒でした。

会社へ退職意志を伝えるところから、退職日を無事?迎えるまで。

個人的には、『本当の闘いはこれから』。

この記事はここまで。また次回。

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