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まどやかな祝福:阪西敦子句集『金魚』

金魚揺れべつの金魚の現れし

華やかに鰭を動かし、水を遊ぶように泳ぐ金魚。
複数あるいは品種の違う金魚が同じ水の中をすれ違ったり、並行したりして泳ぐ様子は静かながら、どこか不思議な雰囲気を漂わせており、独特の存在感を放つ。
それはまた、本句集の次から次へと繰り広げられる美しい十七音が織りなす景色にも似ている。

目次・あとがき他を含め総ページ数・288ページの大冊。
それもそのはず、小学生低学年のときに俳句と出会い、それから今日まで俳句界の第一線で常に活躍し続けている著者の、まさに「俳句の歩み」そのものの一冊といえよう。
しかも、第一句集。否が応でも期待は高まる。

以下、感銘句(他にも好きな句はたくさんありますが、絞りました)
人の上に花あり花の上に人
溺れゐるごとくに西瓜食べてゐる
底紅の八重に月島佃島
だんだんと夜が重くて聖樹かな
立春の手帖の押さへても動く
ナイターの平らな闇へコップ置く
寒鯉の鱗すみずみまで見せて
菫すみれいつも走つてゐるわたし
焼けてゆく毛虫や空を見上げたる
振り向きて水着の中の水動く
また人に抜かれ春著のうれしさよ
喫茶室に横顔ばかり鳥帰る
ひらきつつ色逃れゆく水中花
はつなつのとなりの人の読む本は
足先は喧噪にあり生ビール
昨夜何もなかつたやうな木槿かな

どの句もしらべ、型が明快で美しい。
そして、言葉が十七音の隅々までキラキラした光を放っている。
一句たりとも不用意におろそかにした表現や措辞がなく、
ピシッと決まった句姿を見せている。
でも、ツンと取り澄ました感じはなく親しげな表情をしている。
全体的になんとも豊かで魅力的な句集なのである。

そして、本句集では著者にとって大切な世界である「ラグビー」を題材とした章『蘭鋳』もある。

ラグビーの空の限りを闘へり

自分の思い入れのある対象とその世界を距離をもって捉え、作品化するのは難しい。
それを著者は連作というかたちで見事に表現している。
私もフラメンコで連作を作ってみたいとは常々思っているけど、いざ作ろうとすると何をどう詠んだらよいのか迷ってしまい、結局はできずじまいだ(たまにポロっと作ることはできるのだが)。
ラグビーに基づく一連の作品群は臨場感があるため一つの試合を観ているかのようだ。同時に一句ごとの完成度が非常に高い。そして、対象への深い愛が作品の随所から感じられる。
さまざまな意味で素晴らしい章と思う。
(そういえば、蘭鋳の画像を見てみたがむっくりした体つきがラガーに似ている感じがした。この句集の章タイトルはすべて金魚の品種で構成されているが、なるほど蘭鋳か。心憎いなあ)

最終章では、『ホトトギス』誌の「生徒・児童の部」の投句時代の作品が収録されている。著者の小学生から高校生までの横顔が垣間見えるかのようだ。

新しいかさが使える春の雨

師・稲畑廣太郎氏の跋文も温かくて素敵だ。
祝福に満ちたまどやかな句集と思う。

ご恵贈、ありがとうございました。

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