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「今」を真空パックする:俳句甲子園2023のある俳句を読んで

少し前の話になるが、NHKによるドキュメンタリー番組を観た。
内容は俳句甲子園2023。
そこで紹介された茨城県立下館第一高校の下記の句に目を奪われた(以下、作者名は敬称略)。

不登校やめられそうなほど朝焼 武井佳奈

後で俳句甲子園の公式サイトで今年の結果を見たところ、入選作だった。

結果はPDFになっており他の入賞作も掲載されている。
全部読んだが、私にとってはこの作品が最優秀作品だった。

この句は非常に個人的な経験に基づく作品だ。
だから、万人の共感を得るのは難しい部分があるかもしれない。
現に、番組の中で先生からこの作品に対して指摘や提案があったが
「この作品の世界を大事にしたいから、このままで行く!」とメンバーたちは断言していた。

その映像を観ながら私も「そうだよ! この句はこのままでいいよ! 伝わる人にはこの世界や言いたいことはしっかり伝わるもの。万人に伝わるような(口当たりのよい)かたちにしたらこの句の内包するものと世界が損なわれてしまう」と思わず口走っていた。
だから、彼女ら・彼らの決断を嬉しく、そして眩しく思った。

例えば、この句が
「不登校『抜け出せそうな』」
だったとしたらどうだろう?
それはそれで夏の季語・朝焼と合っており、作品としても成立する。
しかし、「抜け出せそうな」だとわかりやすいけどどこか冷めているというか、他人事で報告めいた印象も受ける。

一方、「やめられそうな」という措辞(表現)からは不登校の状態を「やめたい」と思っている作者のリアルな葛藤が見えてくる。
焦り、悲しみ、苛立ち、絶望……
やめたい、でもやめられない。
自身を嫌悪しながら時間を無駄にしていると思いつつ、外に出られない自分を責めた夜が続いていたことを示唆している。

そんな作者の眼前に広がる朝焼。
空は赤く燃えながら、どこかにまだ夜(闇)の色と気配を残している。
夜と朝のはざま、ひとり世界を眺める作者。
「やめられる」という断言ではなく「やめられそうな」というこわごわとした期待。それはまだ夜の眠りの世界に片足を残した朝焼にピッタリだ。

やめられないかな。また、ダメかな。
でも、今日はホントに違うかも。
この朝焼を見ていると、私にもこのドアを開けて外に出られる時が来ているのかも。

そんな胸の裡があるからこそ、効果を発揮する「やめられそうなほど」の「ほど」。
この2音があるから作者の中で高まる期待や切迫感が読者にリアルな手触りとして伝わるのだと思う。
そして、18音という17音から1音はみ出したリズムが思い悩む10代中盤の日々の表現となって作品の世界を広げる効果をもつとともに、説得力を与えている。

「俳句って『今』を真空パックできるものなんだな」
今の自分、今の言葉、今の気持ち……
おぞましいことも、輝いていることも。
明日にはもう過ぎ去ったものになってしまうものたちだから、17音に必死に言い留める。

武井さんの俳句はそのことを思い出させてくれた。

☆   ★   ☆   ★   ☆   ★  

俳句甲子園はコンクールだ。
参加者は技術を磨き、勝負にやってくる。
それゆえ、高い完成度のレベルが毎年並ぶ。
その中の作品としては掲句は技術や完成度という点では少し甘い部分が見える。
でも、この作品の魅力はそういったコンクール的な要素を飛び越えた点にある。
そして、この句を見逃さず入選と評価した俳句甲子園の審査員にも拍手を贈りたい。

ちなみに同校の作品として一緒に紹介されていた、下記の作品も好きです。
手鏡無くてもビューラー星月夜 安田心優
火葬場の雲なき空に立つ小鳥 横塚ひばり

安田さんの句の痛快さ、そして可能性の大きさ。句会でこの句があったら私はいただきます。季語の本意も大事だけど、今の自分の感覚で季語を掴んでいるから嘘がない17音となっていて、そこが魅力的。
横塚さんの言葉と感性のすばらしさ、伸びしろの大きさ。他の作品も読んでみたいし、いつか句会を一緒にしてみたいなあ(勝手にすみません💦)。

今回、武井さんと下館第一高校・文芸部メンバーの俳句を読むことができてよかったです。学校HPを拝見すると、文芸部はすでにさまざまな大会で入賞されており、さらに短歌でも優秀な成績を残されていて素晴らしい!

私も一人の俳句つくりとして、自分の俳句を探して詠んでいきたいという思いを新たにしました。
どうもありがとうございました。

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