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【俳句】玉響(たまゆら)の思い:馬場龍吉句集『ナイアガラ』

ポップで明るい表紙。
まるで懐かしいレコード・ジャケットのよう。
そういえば、レコードを買ったり借りていた頃(昔だ~💦)は
まずジャケットの写真やイラストにうっとりし、
さらにジャケットに掲載されている曲タイトルを見て、
その中で使われている言葉や隣り合ったタイトル同士の
言葉の響き合いに「どんな曲(歌詞)なんだろう」
と想像をふくらまし、それからおもむろにレコードを聴きながら、
歌詞カードを慎重にめくり、その世界に潜っていく……
そんな一人遊びのような楽しみが好きだった。

今回、本句集のページをめくる時、そんなことを思い出した。

冒頭の句、
滴りのとめどもなきが透きとほる

美しく過ぎゆくものが新たな世界の到来を静かに慎重に告げる。

続いて
玉虫のこの世の色を尽くしけり
もう三日寝ねずと源氏蛍かな

玉虫の色が「尽くしけり」とクレシェンドされるや、
その色の余韻をまなうらに残しながら
源氏蛍の儚い玉響(たまゆら)の「光」へ
世界は悠々と移っていく。

このように本句集では隣り合った俳句作品が
各章の中で互いに季語や言葉が呼び合い、響き合い、
映像豊かな物語(ドラマ)を連綿と生み出している。
また、美しい音楽を終始奏でている。

全9章の作品から、感銘句を章ごとに2句ずつ。
(個人的には「あしひき」の章が特に好きです)

まひるまの月をのぞきに浮く海月
大西日ふるへる金の紙の蓮

長き夜や機織るまへの羽繕ひ
代々の梁の暗きに紙を漉く

西方の足より暮るる涅槃像
しやぼんだまあなたへとんでこはれたる

霧を来て鏡の中に立つてをり
流し雛いろをきはめて回りたる

みとばりの闇のむらさき淑気満つ
どの筆も平和と書きて進級す

薫風や木の間木の間に海のいろ
ラムネ玉ころんと死んでみたきもの

画用紙は夏野を飛んでゆきたがる
青葉木菟さみしくなれば首回す

文芸の端の端なる灸花
目をつむる紅葉のこゑに触るるとき

文鎮の夕日重たき一葉忌
火恋し人恋しとて鬼がくる

どの作品にも選び抜かれた繊細な言葉たちが
ピッタリの季語と符合し、十七音の中で揺らめいている。
そして、さまざまな色や音が息づいている。

かといえば、ユーモアあふれる句も。
絶対秘仏暗証番号何んだつけ
天高くいざ鎌倉へ遅れたり

一句目、「絶対秘仏」の荘厳な重々しさ。
その後の「暗証番号」も「ヒミツ」の意味合いをもちつつ、
とぼけた下五へ着地する意外性。
二つの四字熟語のまさかの共演。その相性のよさが痛快。

二句目、
「天高く」という季語のもつ大らかさ、
その澄み切った秋の大気と空のもと、
「いざ鎌倉へ」という意気込みが「遅れ」と明るくずれていく。
説得力のある季語だからこその爽快感ある一句。

下記のようなチャーミングな句も魅力的。
涙もろき妻はストーブひとり占め
奥様は感激屋さんなんだろうか。
小さなことでも他人の悲しみを我がことのように感じてしまったり、
反対に幸せを見つけられるとたちまち元気になるタイプ
(こう書いていると、これはむしろ私の性格だなあ(-_-;)。
実際はどうあれ、ストーブの前で幼い子のように
感情を解放して泣ける、その姿はなんとも人間的。
そして、妻を見つめる作家のまなざしに優しさを感じる。

このこねこどこのこねこと抱いてゐる
平仮名表記の羅列から、小さい子どもが抱いているのだろうか。
腕の中の温かい小さな命、こわごわと不思議に、でも愛しそうに。
子どもの小さな声も聞こえてくるようだ。

一方、ドキリとする句もある。
人殺すごと風邪の氷を割つてゐる

「人殺すごと」という措辞のインパクト。
氷を割る時の力の大きさ、腕の動きを表わすのに
こんなに新鮮かつ大胆な視点はあっただろうか。

さて、表題句。
名を問へばナイアガラとぞ作り滝

作り滝の名を問いながら、同時に
「この句集のタイトルは『ナイアガラ』」と
高らかに宣言しているかのようだ(「ぞ」の効果の力たるや!)。
和と洋の幸福で生き生きした結びつきが魅力的な作品だ。

あとがきによると、句集名は故・大滝詠一氏の
ナイアガラレーベル「ナイアガラ」に由来するという。
作曲家・大滝氏×作詞家・松本隆氏の名コンビにより、
数々の名曲を生み出したレーベルである。

「どの作品にも選び抜かれた繊細な言葉たちがピッタリの季語と符合し、十七音の中で揺らめいている。そして、さまざまな色や音が息づいている」と先に書いたが、あとがきを読んで腑に落ちた。
句集全体から松本隆氏の詩と通じ合うもの(あるいは影響)を感じたのだ。

一つの世界を構築するために、一語をもゆるがせにしない姿勢と態度。
言葉と映像に対する情熱が生み出す十七音。
「玉響」。
かすかな音、つかのまの時間を意味する
美しい字面と響きの言葉が頭に浮かんだ。

音も色も世界も人の人生も、いま目前に映るすべては
過ぎ去るひと時の表れに過ぎない。
なればこそ、人はそれらを己の方法で留めんと
表現せずにはいられない。
読み終えてページを閉じた時、そんなことを思った。
そして、自分の言葉(俳句)を新たに探しにいきたくなった。

本稿に紹介した俳句作品以外にも、
素敵な作品がたくさん掲載されています。
多くの方に読んでほしい句集です。
ご恵贈、ありがとうございました!


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