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明日へ弾む言葉たち:三輪初子句集『檸檬のかたち』

表題句
切る前の檸檬のかたち愛しめり

何となく切るのが惜しくなる檸檬の形状と感触。
切った後の金色の果汁と香りを想像しながら、今しばらく「まったき姿」を五感で楽しんで。生き生きとした感覚が快い一句だ。

本句集は下記の句から始まる。
こはれさうな自由隠せし春ショール

「自由」。美しいけど不確実なもの。
でも、この作家になんと相応しい言葉か。

次の句は、小さな旅立ち。ささやかな日常。
折紙の舟出てのひら春愁ふ

そして、再び「自由」。
雪解川渡り了へれば自由人
心細そうな舟出は次第に確かな力と速度を得て、世界へ堂々と漕ぎ出していく。

初子さんが使う「自由」は、キラキラ、明快だ。奥底に不安や悲しみが見え隠れしても、前を向くことを常に忘れない。どの句にも自由な精神、いつでも自由でありたいという精神が躍動している。

本句集は、俳句結社「炎環」同人、三輪初子さんの第四句集。
初子さんと私、炎環入会は同期。
同人になった時期も一年違いだったか。
でも、俳句歴は初子さんが先輩。
主催する句会に参加させて頂き、以来長く親しくさせていただいている。

感銘句を各章より。

にんげんでよかつたかどうか花筵
枝豆のあをさに泣きしひと夜かな

包丁のやさしくなりし春キャベツ
過去からの報せのやうに雪降れり

老鶯の鳴くたび森の痩せていく
鰻喰ふいまが晩年かもしれぬ

刃物屋の看板きしむ子規忌かな
キッチンの書斎に変身する月夜
生き方とみかんの剝き方変へられず

玉葱の透けてふるさと遠ざかり
俎板をはみ出す生涯葱一本

好きとすつきり嫌ひとはつきり暑気払ひ
私利私欲すこしのこしてさへづれり
好きな子を黙つてながめ卒業子

首振らず頷いてみよ扇風機
ゆく秋の鏡の奥へ入りけり

どの作品も言葉が明るく17音の中で弾んでいる。
ネガティブな内容であっても、カラリと湿っていない詠みぶり。
全体的に感じられる情と小気味よさが、本句集の魅力の一つだろう。
それらの礎として確かな写生の力がある。だからこそ、作家オリジナルのまなざしが随所に光る把握となり、流石と思う。

初子さんは、次の俳句で第22回毎日俳句大賞(2018年)を受賞した。

戦争の終はらぬ星の星まつり

掲句を筆頭に、本句集では戦争や地球を詠んだ句が他にも掲載されている。

戦なき海へ鯨を見にゆかむ
降る雪や地球汚さぬやうに降る

いずれも骨太で明快な17音は凛とした柱のようで、陽気で温かい初子さんのもつ芯の強さを改めて見た思いだ。

閑話休題。初子さんの長男・ジャマキートさんはフラメンコ界で有名なダンサーである。男性ダンサーを長く牽引してきた実力者の一人だ。
私がフラメンコを習っていることから、これまで何度か初子さんにジャマキートさんのタブラオ(ステージ)に誘っていただいた。また、私の発表会にも来ていただいた。
ジャマキートさんの鋭く高速な足が繰り出す音は大地の響きのようで、ダイナミックな生命力に溢れている。そして、好きなものを追究し続ける情熱は二人とも同じ。
俳句とフラメンコ。表現ジャンルは異なるが母子ともに共通点があるな、と今回の句集を読んで改めて思った。

まだまだ平和な国のおでん鍋

そんな状況とは言い難い昨今。
今年、久しぶりにフラメンコ教室の発表会に出たけど、次は観に来てほしいな。そして、みんなでのんきにワイワイお酒を飲みながら話したり句会をできるようになればいいな。
いつまでも、平和で。そんなことを小さく願いながら。

素敵な句集をありがとうございました!

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