戦略人事:リスキリングの対応の難しさ(政府と企業、個人の視点)
企業がすべき対応についての一考
■政府の言う「リスキリング」の意味
昨年から話題になる人事関連の言葉として「リスキリング」がある。
企業からすれば「ジョブ型雇用」と紐付ける記事がしばしば見受けられるが、政府の思惑は違うかもしれない。
○40~50代には「正直しんどい」学び直し 政府の投資は、泡と消えるか?
リスキリングを取り巻く現実
2023年03月27日
そもそも日本の転職市場は諸外国に比べて脆弱だ。過去1年間に雇用されていた人のうち、過去11カ月以内に現在の雇用者の下で働き始めた人の割合を示す「労働移動の円滑度」の国際比較では、英語や米国は10%であるが、日本は半分の5%にすぎない(内閣官房「新しい資本主義実現本部事務局資料(2022年11月)」)。
その上で新しい資本主義実現会議は労働移動が円滑な国ほど賃金上昇率が高いというデータも同時に示しているが、現在の5%を米国並みの10%に引き上げることは容易ではない
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2303/27/news020.html
「人材の流動化」という視点であれば、企業が育てた人財を流出することを歓迎するわけもなく、能力が上がった人材を引き留めようとするから「人材の流動化」が進むわけもない。それでなくとも、3年内離職率に悩む企業もあると聞く。
失業者対策と言うが、現在の「ハロートレーニング」と異なる政策をするのか、何が違うのかが分からない。
目的を明確化していない言葉遊びには気をつける必要がある。
■様々な意味づけ
学び直しと言っても様々な局面が見られる。
マクロの視点(社会政策)とミクロの視点(経営計画)で見てみよう
(1)マクロの視点(社会政策)
政府の大きな関心事の一つに「経済」があるだろう。失業率の押さえ込みは常に求められる。景気が悪くなったり企業の業績が悪化すれば、企業はリストラを行ない失業者が増える。
失業者が再就職先を見つけられれば良いが、そもそも企業とのニーズのミスマッチであれば、今のままでの雇用創出は難しい。
従って、政府が行なう失業対策は「ハロートレーニング」の強化という文脈で考えた方が良い。
その中には、若年層や高齢者という枠組みがないとは言わないが、個別事情には関係なくDXなどの大枠での取り組みになる。
それは、最初の記事で指摘しているように個人の学ぶ力に依存し、高齢者などの弱者対策にはならない。
(2)ミクロの視点(経営計画)
経営者にとっては組織能力の向上が課題になる。社員以外の能力開発は対象外であり、有能な人材は調達戦略の一環であり育成計画の対象ではない。リスキルはあくまでも組織能力の向上が目的になる。それは既存の人材(新入社員も含めて)が対象となり、自社の事業戦略と密接な関係性を持つ。
したがって、他の概念と混同することは避けなければならない。
例えばジョブ型雇用は、そのジョブができるからこそジョブの割り当てをするのであり、ジョブを担えなければ、ジョブに就くことはない。もちろん、そのジョブを担えるような育成はあり得るが、それは人事戦略と紐付けなければならない。
また、学び直しと言うことで大学への通学やその他の自己啓発もあり得るが、それはむしろモチベーションを上げるための福利厚生の一貫として考えた方が良い。
あくまでも事業戦略上の組織能力の向上が目的である。
■企業がすべき「リスキリング」の方向性
上記で述べたように、企業のリスキリングは、今あるいはこれからの業務で「できないことをできる様にする」為の施策を推進するべきである。
特に、IT技術、AIの進化に伴い、業務内容も大きく変わる。先端機器を使いこなすための技術(その中にはプログラミングも含まれるかもしれない)やデータの分析力の向上も求められるであろう。
それは間接部門で会っても同様である。
経理システムも新たな方向性に伴いシステム化される。そのシステムの運用管理を社内のシステム部門に依存するのではなく自分たちで行なうとすれば、相応の知識と技術が必要である。電卓しか使えない人材は排除されかねない。
事業戦略と人事戦略を明確化した上で育成計画のロードマップを示さなければならない。さもないといきなりのリストラを招きかねない。リスキリングは将来計画である。同時に投資計画である。
■個人が考えるべき「リスキリング」の方向性
終身雇用は有名無実となりかけている。そうした中で個人は会社への忠誠心はなく信頼もしていない。自分のことは自分でと言う意識が高まってくるかもしれない。あるいは、さっさと見切りを付ける準備をする傾向が進むかもしれない。
その場合、「リスキル」は自分を高く売るための手段となる。
市場との価値を考えて、高く売れそうな技術(今で言えばDXか)を学ぼうとするだろう。あるいは、自分のしたい仕事をするために技術を磨くという選択肢をとるかもしれない。
しかし、それは市場との対話であり企業との対話ではない。
雇わない生き方、雇われない生き方を推進するきっかけになってくれると個人的にはうれしい。
フリーランスはもっと増えて良い。
<閑話休題>