悪くない

16歳の春休み、大阪に住んでいた私は転校することになった。

元々親の都合で引っ越すことはたまにあったからそのときも驚かなかったが、4年間一緒にいた友達と離れるのはそれでもやっぱり寂しかった。


引越し先は田舎だった。

電車は1時間に1本でひどい時間帯は3時間に1本。

周りに住んでるのはおじいちゃんとおばあちゃんばかりで、朝5時から私の家の近くで井戸端会議なんてしちゃって、その笑い声で目を覚ましては耳を塞いで布団に潜り込む。


夜は夜で、騒がしい。

酔っ払った人間の声や、電車や車の音じゃない。

四方八方で歌うように鳴く、蛙、かえる、カエル!



ある日初めて私は夜遅くにひとり、帰路についていた。

駅から離れるにつれ減っていく街灯、今にもなにか飛び出してきそうな曲がり角、誰かがこちらを見ているような黒に塗りつぶされた茂み、そんな道をびくびくしながら見たくないものを見てしまわないよう俯いて歩いてようやくたどり着いた家のドアにはまただ。

蛙が大量に張り付いている。

「もう…最悪…。」

と、呟いてようやく顔を上げ空を見る。

思わず私は目を見開いた。

その日の夜は雲ひとつない晴天で、目の前にあったのは、夥しい数の星。


気がつかなかった。

明かりの消えた世界で満天の星たちが煌めいていた。

吸い込まれそうな黒を彩るその光の粒は、私が明るい街で見たそれとは全くの別物で。

「同じ空じゃないみたい。」

いつも街の明かりに掻き消されていた夜がここでは夜として存在していて、光に邪魔されないその空は間違いなく宇宙の色をしていた。




「悪くないな…」

なんて思いながら私は眠りについた。



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