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タツノリ采配の何がすごいのか

8/26日時点で31勝20敗。2位に4.5ゲーム差をつけてセ・リーグの首位に立っているジャイアンツ。

開幕直後は「これは100勝するのでは?」というスタートダッシュをしていたけど、今は主軸のバットが湿りがちで、開幕からローテーションを守っている先発投手は菅野と戸郷のみ。クローザーのデラロサも途中怪我で離脱していた。

他のセ・リーグのチームがそれほど力がないということもあるけど、今のジャイアンツの成績は原辰徳監督の采配によるものが大きいと思っていて、今回はそのすごさについてまとめている。


タツノリ版勝利の方程式

勝利の方程式として有名になったのが、2000年代中盤の阪神のリリーフ陣JFK(J:ジェフ・ウィリアムス、F:藤川、K:久保田)である。

2005年は3人揃って101ホールドポイント、2007年にはクローザー藤川が48セーブに、久保田が90試合登板。左腕のウィリアムスも左右関係なく抑えることができ、当時の阪神は6回までにリードしていれば、チームの勝利はほぼ間違いないという状態であった。

他にも勝利の方程式といえば千葉ロッテのYFK(薮田、藤田、小林)、巨人のスコット鉄太郎(マシソン、山口、西村)、中日の浅尾、岩瀬が有名で基本的にはリリーフ投手のコンビ、もしくはトリオなどを指すことが多い。


今回、タツノリ版の勝利の方程式として着目しているのが「左のリリーフ、代走のスペシャリスト、亀井」である。

その代表例が東京ドームで行われた8/13のヤクルト戦。

3-3の同点の9回、左のリリーフである中川が登板し、左の青木、村上だけではなく、右の西浦とクリーンナップと対峙するも三者凡退に抑える。

その後の9回ウラ、中島のレフト前ヒットのあとに代走増田。警戒される中で確実に盗塁を決め、代打亀井が初球をセンター前にきれいに弾き返し、サヨナラ勝ち。

あえて、「左のリリーフ、代走のスペシャリスト、亀井」と表現しているのは三連覇を二度達成した原第二次政権のときも同じ方程式を用意していて、そのときは左のリリーフとして山口鉄也、代走のスペシャリストとして鈴木尚広、そして亀井である。

山口鉄也は育成出身ながら2008年に坂本を抑えて新人王、2009、2012、2013年には最優秀中継ぎを獲得し、2008年から2016年まで連続して60試合登板を記録。

特に印象的なのは2008年である。一時期、首位阪神に最大13ゲーム差をつけられていたがチームは後半戦に加速。「ここで打たれたら今シーズン終了」というタフな場面でことごとく起用され、ことごとく抑えていた。

鈴木尚広はおそらく初めてプロ野球で代走のスペシャリストとして認知された選手。第二次政権の前半では先発出場もあったが、後半では出場機会は基本的に代走であり、その中でも敵味方関係なく走力で存在感を残した稀な選手。

亀井は2005年に入団直後は十分に能力を活かせていなかったが、長打力だけではなくて走力、守備力も原監督に評価された総合力の高い外野手で様々な場面で使いやすく、また結果もしっかりと残す選手であった。

第二次政権のときはガッツ、ラミレス、坂本、阿部、長野といったビックネームに劣らず、彼ら三人が当時の原巨人を支えて、第三次政権の今は同じような役割を左のリリーフとして中川、代走のスペシャリストとして増田、そして亀井が担っているのである。

中川は右左関係なく抑えることができるし、なんだか冴えない顔も山口と雰囲気が似ている。

増田は鈴木レベルの走力がある上に、内野、外野、そしてピッチャーもできる。

亀井は流石に脚力は落ちてきたが、相変わらずストレートに強く、左の代打、そして最年長野手として存在感を出している。


「左のリリーフ、代走のスペシャリスト、亀井」は勝ち試合の逃げ切りだけではなくて、ビハインドゲームや同点のときに威力を発揮する勝利への方程式であり、原監督は彼らを一番いいタイミングでゲームに投入するのである。


ベンチメンバーをフル活用

2つ目の凄さはベンチメンバーの活用である。正直この点においてプロ野球の監督として右に出るものはいないと考えている。

代表例は、前にも述べたが代走のスペシャリスト鈴木の使い方である。

あれだけの走力を持つ個の力の強い選手であり、僅差の終盤にテンプレート的に起用すればよいと思う時があったが、高橋由伸監督の采配と比べていく中で、原監督の采配の上手さを実感することができた。

原監督は鈴木を代走に出し、最大限相手にプレッシャーをかけることができた。走らないときはピッチャーの集中力を消耗させて打者を助け、9回裏ツーアウトでも果敢にリスクを取り、走らせた。そしてしっかりと盗塁を決める鈴木。

高橋監督はなかなかリスクを取って走らせることができず、代走で出しても一塁釘付けやバントで送らせるといった采配が多かった。

結果的に引退することとなった2016年のクライマックスシリーズでの牽制死はまさしく、うまく自分を活用してもらえないモヤモヤを象徴するような光景であった。

決して高橋監督が悪いというのではなく、代走のスペシャリストは起用する側も高度な経験とメンタルが必要な職人技なのである。


また、鈴木だけではなく、古城、石井義人、大道、木村拓哉、谷といったもともと所属していた球団から追い出されるような形で巨人に来た選手を要所要所で起用して結果を出し、まさしく原再生工場のようであった。
脇谷、矢野、松本、亀井といった生え抜きのサブプレイヤーも試合に使う中で成長させ、彼らは球場ではレギューラーメンバーに引けを取らない人気を得ていた。


そして現在でも亀井、陽岱鋼、吉川、北村、炭谷は交互にスタメンで起用し、終盤の勝負どころで重信、増田、石川、田中もうまく使っている。ベテランは相手に合わせて、若手も重要な局面でチャンスが巡ってくるので、ベンチメンバー個人個人のモチベーションを非常に高く保つことができている。


正直、監督1年目の2002年はベンチメンバーを使う必要はなく、選手が充実していた。

清水、河原を覚醒させた点はあったものの、野手では松井を中心に、高橋由伸、清原、阿部、仁志、二岡、投手では上原、工藤、桑田、高橋尚成。

彼らが期待通りに力を発揮したこともあり、セ・リーグ優勝、日本シリーズでも松坂、松井稼頭央、カブレラを擁する西武ライオンズを4タテ。

しかし、翌2003年は松井が抜けたことがあまりにも大きく、3位に転落し、わずか二年で監督退任。

ここで、ベンチを暖めることが多かった自身の選手生活終盤を振り返りつつ、ベンチメンバーの活用について色々と熟考したのではと考えている。


時代先取りの戦術

原監督の戦術が取り上げられたのは8/6、甲子園での阪神戦である。

攻撃では阪神の左腕高橋に手も足も出ず、投手陣は11失点と打ち込まれ負けムードの中、8回1死から野手増田を登板。

結果的に無失点に抑えたものの、日本では珍しい采配だったので賛否両論はあった。

ただ、原監督のユニークな采配はこれだけではない。

2002年には投手桑田を代打で起用し、バスターを成功させ、2009年には控え捕手を使い果たし、木村拓哉をキャッチャーで起用し延長戦で見事に野間口をリード。2014年には内野5人シフトを実行した実績がある。

打線も2007年にスラッガーの高橋由伸を1番に起用し、2019年は坂本を2番に起用するなど、柔軟な発想をすることができる。ここは1、2番に俊足巧打の左打者を起用したがる日本と慣習とは一線を画すところである。


特に戦術面で他チームの監督陣の遥か上を行っていると感じるのは投手器用である。

デビューしたての若手やロングリーリーフを先発起用し3回、4回で降板させる今のMLBではよく見るようになったオープナー、ブルペンデイを積極的に活用。

先発はKOされない限り5回まで続投が当然という価値観がある中で、原監督の戦術は時代を先読みしていた。

また、リリーフ陣の重要性も熟知。これは第一次政権の2003年にブルペンが崩壊し苦い経験をしたこともあるだろう。

先発失格の投手を後ろに回すのではなく、高木、中川、大江などリリーフとして適正のある投手を育成し、必要であれば今季の高梨のように若手有望株とのトレードも行いリリーフ陣を厚くしている。

その結果、今季の巨人のリリーフ陣は、開幕時点でブルペンにいた沢村、高木、藤岡、デラロサがいなくともリーグ屈指の力を持っている。


原監督は今年で62歳になるが、原監督に比べると他の監督は遥かにオールドスクールであるように見えてしまう。


タツノリこそ巨人の歴史

ベンチメンバーの箇所でも述べたが、野手増田の登板については多くの否定的な意見があった。

”巨人”はどんな展開でも試合を放棄してはいけない、”巨人”の監督としてこのような采配は相手に失礼、”巨人”の伝統的な戦い方からかけ離れている、など。

どれもが巨人の監督としての品位を疑うような意見ではあるのだが、7/4に監督通算1034勝をあげて長嶋監督の通算勝利数に並び、追い抜き、ジャイアンツ監督の歴代勝利数2位となっている今(1位は川上監督)、巨人とはもはや原辰徳のことであり、原辰徳が巨人の歴史を作っているのである。

実際、大御所OBたちの意見に対し、「いいんじゃない?そういう人がいても」ともはや気にしておらず、「俺たちは勝つために、目標(優勝)のために戦っているんだから。今年は、特にケガ人も多い。コロナ禍のルールというのもある。簡単に『ダメだ』と言うのは本末転倒のような気がする。(逆の立場の)俺だったら言わない。(野手の投手起用は)ジャイアンツの野球ではやってはいけねえんだとか、そんな小さなことじゃないんだよ。俺たちの役割は」とやはりジャイアンツの監督を担い、勝ち続けることに対して誰よりも情熱を持っていることが伺える。


第二次政権が終わったときはチーム力も落ちており、また、高橋監督自身も十分な準備時間もなく優勝をすることはできなかった。

今年は2021年までの3年契約の2年目であり、次は阿部二軍監督が一軍の監督として原監督の後を継ぐ可能性が非常に高いだろう。これまでの実績を考えるとハードルはとても高いが、原監督にはぜひしっかりとの後継者の育成をして、自身が築いた今の巨人の流れを絶やないことを期待している。

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