【超短編小説.1本目】一日一本

 「もしさ、毎日一本の物語を生み出すことができるとしたら、その人って、やっぱ天才なのかな…?」
多田は、目をキラキラさせながら俺に尋ねてきた。毎週金曜日の放課後、俺と多田は、このファミレスで何時間も時間を潰している。「作戦会議」と銘打ってはいるが、どう考えても「時間潰し」以外の何物でもない。漫画の専門学校に入学した時から、ほぼ毎週おこなっているのにも関わらず、この会議で得たものなど何一つ無かった。
「面白いかどうかによるんじゃない?」
ハンバーグをゴクリと飲み込み、俺はそう答えた。当然の解答のつもりだったが、多田は首を傾げる。
「いや、でもさ、一日一本思いつくんだよ?思いついてる時点で天才じゃない?」
「別に面白くなくて良いなら誰だって思いつくだろ。」
「え、やろうと思えば誰にでもできるってこと…?」
「そりゃそうだよ。俺にでもできるよ。」
「いやいや、一日一本だよ?」
「うん。」
多田は、眉間に皺を寄せる。
「じゃあ、おまえやってみろよ。」
「は?」
「面白くなくて良いから、一日一本何でも物語を考えてみろよ。」
「なんでそんなことしなきゃなんねぇんだよ。」
「やっぱできないんじゃん。」
そう言ってヘラヘラと笑い、メロンソーダをゴクリと飲んだ。
「は?」
「できないんでしょ?」
「いや、できるって。できるけどやらないだけだよ。俺に得がないから。」
「じゃあ、10万円やるよ。」
「は?」
「もしお前が、今日から一年間、一日一本何かしらの物語を生み出すことができたら、10万円やる。」
「マジで言ってんの?」
「マジだよ。」
「え、物語の定義は?」
「定義?」
「一行でも、『これは物語です!』って言い切っちゃえば物語だろ?」
「あー、良いよ。一行でも。ただ、物語として成立してなかったらアウトな。」
「別に面白くなくて良いんだな?」
「うん。その代わり、一日でも忘れてたらアウト。ペナルティは、1万円で良いよ。」
「ペナルティあんのかよ…。」
「そりゃそうだろ。おまえができるって言い始めたことなんだから。どうする?やるの?」
俺は、水を一口飲み、多田の目を見た。
「賭博罪じゃね?」
「え?」
「これ多分、賭博に当たるんじゃね…?」
「いや、大丈夫だろ。」
「嫌だよ。俺捕まりたくないもん。」
「なんか、ズルいわ。書きたくないだけだろ?」
「そうじゃないって。」
「まあ、おまえは天才じゃなかったってことだな。」
そう言って、多田は嫌な笑顔を俺に向けてきた。    
 俺は、この日から1年間、一日一本、合計365本の物語を書き続けることに決めた。一年後、こいつに吠え面をかかせることだけが目的だ。365本の物語で、こいつをぶん殴ってやるのだ

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