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震災は「天罰」なのか? 『大般涅槃経』から読み解く初期仏教の「地震」論

地震は天罰なのか?

 二〇一一年三月十一日の大地震に始まった東日本大震災の後で、これを「日本国民への『天罰』である」ととらえる言説があちこちで聞かれました。
 代表的な例は東京都知事(当時)の石原慎太郎氏が三月十四日に「日本人のアイデンティティは我欲になった。政治もポピュリズムでやっている。津波をうまく利用してだね、我欲を一回洗い落とす必要があるね。積年たまった日本人の心のアカをね。これはやっぱり天罰だと思う」(読売新聞)云々と述べた発言です。石原氏は日蓮宗系の仏教信仰を持つことでも知られています。この発言は震災被災者を愚弄するものとして批判を浴び、石原氏も一応、撤回しました。私は、「失言が趣味みたいな都知事だからこんな発言をするのだろう。いまどき地震を天罰と言うような人は他にはいないだろう」とたかをくくっていました。しかし驚いたことに、一部の僧侶や仏教学者からも、続々と石原氏の「天罰」発言を肯定する意見が出されたのです。
 私は基本的に、自然現象である地震に、天罰とか文明への警鐘とかもっともらしい理由付けをするのは間違いだと思っています。迷信に支配された原始時代じゃあるまいし、証拠もなしに天罰などと口走るのは無責任だと考えます。でも、それは個人の信条です。果たして仏教、とりわけお釈迦様の言行録であるパーリ経典には、地震について「天罰」とする記述があるのでしょうか? あるいは他の理由を述べているのでしょうか? あるいはまったく触れていないのでしょうか? それが今回調べてみたいと思ったことです。

「天罰」の定義

 まず言葉の定義をしないといけません。私の手元にある『大辞林』には、天罰の語義として、「天の下す罰。自然に受ける悪事のむくい。『――が下る』」とあります。まぁ、そもそも仏教では、天罰という場合の「天」の語義である「万物を支配するもの。造化の神。天帝」などは否定しています。天罰自体が仏教的な観念ではありません。ここでは仮に、「神やそれに準ずる存在が一定の価値観に基づいて人間の生命・健康・財産を毀損すること、とりわけ集団や地域に甚大な被害を与えること」としておきましょう。地震がそのような「天罰」と関連付けて説かれている記載が、パーリ三蔵にあるかどうか調べてみました。

『大般涅槃経』に説かれた地震の原因八つ

 そうして、つらつらと地震についての記述を探していたら、すぐ見つかりました。しかもお釈迦様の最期の旅を記録した経典として超有名な『大般涅槃経 Mahāparinibbānasuttanta』(長部16)に出てくるではありませんか。

 では、読んでみましょう。引用は、いつものように片山一良先生の訳文を拝借いたします。
 舞台はヴェーサーリーのチャーパーラ霊域。
 八十歳のご高齢になられた釈尊は、執拗につきまとうマーラ(悪魔)から「尊師よ、今こそ世尊の入滅される時です」という懇願を受けていました。自らの育てた出家・在家の弟子たちがしっかりと修行に励み、真理を理解していることを確認した釈尊は、もう自らが入滅しても何の問題もないと納得します。そして、「悪しき者よ、そなたの心配にはおよびません。まもなく如来の入滅が起こります。これより三ヵ月後に如来は入滅するつもりです」と述べ、自らの寿命力を放棄したのです。
 その時です、身の毛のよだつ、恐ろしい大地震が起こり、雷鳴がとどろいたのは。驚いた侍者のアーナンダ尊者は、釈尊のもとに近づくと、「いったいどのような因があり、どのような縁があって、大地震(mahābhūmicāla)が起こるのでありましょうか」と尋ねました。
 釈尊は、「アーナンダよ、これら八つの因があり、八つの縁があって、大地震が起こります」と地震の因と縁を八つ挙げたのです。ここで使われている因(hetu)と縁(paccaya)は同義語なので、一般的に「原因」と意訳しても構わないと思います。
 これから一つずつ、「地震の原因」を検証してみましょう。

①自然現象(界の乱れ)による地震

「アーナンダよ、この大地は水に支えられ、水は風に支えられ、風は虚空に支えられています。アーナンダよ、もろもろの大風が吹く時、大風が吹いて水を動揺させ、動揺した水が大地を振動させます。これが、大地震の起こる第一の因であり、第一の縁です」

 お釈迦様によれば、地震が起こる第一の原因は、大地(地)・水・火・風・虚空(空)という物理世界における諸要素バランスが崩れること(注釈書では「界の乱れによってdhātukopena」)です。つまり、「自然現象」です。「天罰」ではありません。でも気は抜けないですよ。地震の原因は、あと七つもありますからね。

②神通力による地震

「次にまた、アーナンダよ、神通力をそなえ、心の自在力をそなえた沙門、あるいはバラモンがおり、あるいはまた、大神通力をそなえ、大威神力をそなえた神がおり、彼がわずかに地の想を修し、限りなく水の想を修する場合、この大地を揺るがせ、動揺させ、振動させます。これが、大地震の起こる第二の因であり、第二の縁です」

 二番目の原因は、神通力です。神通力を具えた修行者や神々が、物理世界に介入して地の要素または水の要素のエネルギーを増大させることで、地震が起こるというのです。いわゆる「天罰」として地震が起こるとしたら、この項目に当たるかもしれません。
 しかし、そう判断するのは早計です。
『大般涅槃経』の註釈書(aṭṭhakathā)で、この二番目の原因の例として挙げられている事例は二つあります。第一は、マハーモッガッラーナ尊者が放逸にふけるサッカ(帝釈天)を戒めるために(天界の?)大地を振動させたというもの。第二はサンガラッキタという沙弥(見習い僧)の物語です。
 サンガラッキタは出家の時に剃髪した髪の毛を観察しただけで、すぐに阿羅漢果に達した「神童」でした。彼は「出家した日に阿羅漢果を得て、ヴェージャヤンタ宮殿(帝釈天の宮殿)を震動させた比丘はこれまでにいただろうか」と思惟し、当然、誰もいないことを確認します。じゃぁ僕がやってみよう、と神通力によって天界に昇り、帝釈天の宮殿のてっぺんに立って足で蹴ってみました。しかし、宮殿はびくともしない。それを見ていた帝釈天の天女たちは、「この堅固な宮殿を、悪臭(母胎から発する臭い)を放つ頭で震動させようとしたって無理ですよ(オチビさん!)」と、散々からかいました。「きちんと師僧の指導を受けなかったからうまくいかなかったのだ」と考えたサンガラッキタは、師僧マハーナーガ長老の住まう洞窟を訪ね、神通力の使い方を教わりました。そしてリベンジ。最年少で阿羅漢となった天才沙弥は、ちょんと親指の先で蹴っただけで、帝釈天の宮殿を大きく揺らすことに成功しました。さっきまで沙弥をからかっていた天女たちから「どうか止めてください」と懇願されると、サンガラッキタは宮殿の震動をピタリと止めて鎮めてみせ、ヴェージャヤンタ宮殿のてっぺんで仏法僧の徳を讃えました。
 この荒唐無稽な物語から読み取れるポイントがあります。マハーモッガッラーナ尊者もサンガラッキタ沙弥も、神通の威力で地震を起こしたのは天界での話であって、地上界に地震を起こして衆生に迷惑をかけることは決してなかったのです。
 ちなみに、『サーラサンガハ』という十三~十四世紀頃に編まれた「パーリ語仏教雑学事典」のようなテキストによると、マハーモッガッラーナ尊者がだらしない新弟子・五百人を戒めるため、神通力で殿堂を出現させて大地と共に震動させたという逸話があるそうです。これも、揺らしたのは実際にある建物ではなく、バーチャルリアリティでつくった殿堂です。管見ですが、パーリ仏典のどこを探しても、神々や聖者が地上界で何らかの価値観に基づいて、人々に実害をもたらすような地震を起こした記録はないのです。結論として、②神通力による地震も「天罰」と関連付ける必要はなさそうです。

③~⑧ 釈尊の生涯を原因とする地震

 地震の原因として挙げられる第三から第八までは共通性があります。

「次にまた、アーナンダよ、菩薩がトゥシタ(兜率天)の身から没して、念をそなえ、正知をそなえ、母胎に入るとき、この大地は揺らぎ、動揺し、震動し、激動します。これが、大地震の起こる第三の因であり、第三の縁です。
 次にまた、アーナンダよ、菩薩が念をそなえ、正知をそなえ、母胎から出るとき、この大地は揺らぎ、……激動します。これが、大地震の起こる第四の因であり、第四の縁です。
 次にまた、アーナンダよ、如来が最上の正しい覚りを完成するとき、この大地は揺らぎ、……激動します。これが、大地震の起こる第五の因であり、第五の縁です。
 次にまた、アーナンダよ、如来が最上の法輪を転じるとき、この大地は揺らぎ、……激動します。これが、大地震の起こる第六の因であり、第六の縁です。
 次にまた、アーナンダよ、如来が念をそなえ、正知をそなえ、寿命力を捨てるとき、この大地は揺らぎ、……激動します。これが、大地震の起こる第七の因であり、第七の縁です。
 次にまた、アーナンダよ、如来が無余依の涅槃界において入滅するとき、この大地は揺らぎ、動揺し、震動し、激動します。これが、大地震の起こる第八の因であり、第八の縁です」

 このうち、第三、第四の原因は、『希有未曾有法経』(中部123)と『大本経』(長部14)に、「如来の希有にして未曾有の法」十七項目として数えられています。そちらでは菩薩の入胎と出胎の際には、地震のほかブラックホールにも届く無量広大な光が現れるとされています。大地震の範囲も一万の宇宙(十千世界)に及ぶそうです。
 今回読んでいる『大般涅槃経』では、お釈迦様が③兜率天から摩耶夫人の子宮に入胎した時、④ルンビニーで仏母から出胎した時、⑤ガヤー(ブッダガヤ)の菩提樹下で覚りをひらいた時、⑥イシパタナ・ミガダーヤ(サールナート)で初転法輪した時、⑦ヴェーサーリーで寿命力を放棄した時、⑧クシナーラで般涅槃した時、という六つの場面で大きな地震が起きるとされています。はい、お釈迦様が説かれた「地震が起こる原因」はこれですべてです。③~⑧の原因も「天罰」とは関係なかったですね。

地震に関する注釈書の説明

 ああそうですか、と納得できればそれまで。しかし、この説明だとお釈迦様(というか諸仏)の人生の節目で地震が起こることは分かっても、お釈迦様の人生の節目で「なぜ」地震が起こるのかはさっぱり分かりません。自然現象でも神通力でもない、どんな「理由」で地震が起こるのか、『大般涅槃経』では説明されていないのです。
 そういう時は、やっぱり注釈書の出番ですね。注釈書では、地震の原因の第一は「界の乱れ」によって、第二は「神通の威力」によって起こります。ここまではすでに説明しました。そして第三と第四は「福徳の威光」によって、第五は「智慧の威光」によって、第六は「賞賛の声を与える」ために、第七は「悲(カルナー)を本性とすること」によって、第八は「慟哭」によって起こると説明します。
 ん? ますます分かんないですね。注釈書は続けて、「これは地の神(pathavīdevatā、地天・地祇)を意味すると知られるべきである。大地には意思(思)がないからである」と書いています。
 要するに、③~⑧の場面で地震を起こしているのは、お釈迦様の出現に喜びまくり、お釈迦様との別れに悲しみまくる「地の神」なのです。大地はただの物質なので、お釈迦様という存在に感応する道理がない。大地を守る「地の神」こそが、お釈迦様の徳に共鳴して、文字通り身体を震わせるのだ、というのが注釈書の説明です。理屈っぽいにも程がありますけど、注釈書の著者は「ブッダの出現はあくまで生命(有情)に関わる事柄であり、生命にとっての福音なのだ」と言いたいのです、たぶん。
 地の神は、具体的にはお釈迦様が兜率天から③入胎・④出胎する時、その「福徳の威光」に喜びを表して地面を震動させます。⑤無上正覚に達した時、ブッダの「智慧の威光」に随喜して地面を震動させます。⑥初転法輪の時、「賞賛の声を与える」ためにも地面を震動させます。⑦寿命力を捨てる時、ブッダの本性たる「悲(カルナー)」が確立すると、心が動揺に耐えられなくなって地面を震動させます。⑧ブッダの般涅槃の時、文字通り「慟哭」して、大地を振動させます。

地の神は優しい

 なんだか、ずいぶんアニミズムっぽい説明ですね。しかしこの注釈書の記述には、あるメッセージが隠れているように思います。
 それは「地の神」のキャラクター付けです。
 菩薩の下生に随喜し、釈尊の成道に心から喜びを表し、釈尊の最初の説法に思わず賞賛の声(響き)を上げ、寿命力を捨てた釈尊の大悲に心を震わせ、そして釈尊の入滅に慟哭する。そんな地の神は「とても優しい神」としてキャラクター付けされているように思います。私は、注釈書にある「悲(カルナー)を本性とすること」という言葉は、釈尊ではなく「地の神」にかかるのではないか、とも妄想したくらいです。後世のパーリ仏典で四天王の配下の神々とされている「地の神」ですが、これは仏教神話が発達したことによる後付けの体系化でしょう。おそらく太古から信仰されてきた大地の女神・大地母神を指すのだと思います。釈尊は『慈経』のなかで、慈悲を「ひとり子を守ろうとする母」に喩えています。「悲を本性とする」とは、地の神(pathavīdevatā)にも相応しい属性なのです。あくまで思いつきの仮説ですが、悲を本性とする大地の女神が、大いなる悲(マハー・カルナー)の完成者であるお釈迦様の存在に涙を流して共鳴する。そんなビジョンさえ現れてくるような気がしました。
 お釈迦様の生涯の節目ごとに大地を揺るがしてきた地の神々は、何のために地震を起こしたのでしょうか。全身全霊で偉大なるお釈迦様を賞賛するためです。それ以外の目的で、彼らが地震を起こすことはないのです。地の神とは、「天罰」を下して人類を塗炭の苦しみに遭わせるような、恐ろしい神ではありません。お釈迦様の大いなる悲・憐れみのこころに共鳴して、一切の生命を見返りなく育み、人間の理不尽な所業も限りなく許す、どこまでも優しい神なのです。僕はそのように理解しました。

地震は「天罰」ではない

 以上、『大般涅槃経』とその注釈書を読みながら、地震と「天罰」について検証してみました。ちなみに、同内容の記述は増支部八集にも出てきます。注釈書の内容も同じです。
 お釈迦様はすでにいないので、もはや地の神が③~⑧の原因で地震を起こすことはありません。②「神通の威力」で地震を起こす神々や聖者のことは気になります。でも、仏典の記録によれば、地震を起こして市井の人間に罰を下した神も人もいないようです。放っておきましょう。そうなると、地震の原因は実質的に「一つ」と言っていいでしょう。①自然現象(界の乱れ)によって起こる地震だけです。パーリ仏典によれば、地震は「天罰」ではなかった。これにて一件落着です。

釈尊は何を説き、何を説かなかったか

 以下、ちょっとした余談です。
 ブッダの言行録であるパーリ経典には、生命が苦の悪循環を逃れ、輪廻から完全に解脱するための教えが詳細に記録されています。しかしその範囲から外れた教え、釈尊がチラチラと語った宇宙論や世界のさまざまな事象についての言説は、あくまで断片的なものにとどまっています。
 釈尊はある時、コーサンビーの林でひとつかみの木の葉を手にとると、比丘たちにこう問いかけました。
「比丘たちよ、君たちはどう思うか。私が手にとっている少々の葉と、この林にある残りの葉と、どちらが多いだろうか?」
「先生、世尊が手にとった葉が少なく、林にある葉が多いです」
「比丘たちよ、それと同じように、私が知っていて、しかし君たちに説いていないことは多くて、説いていることは少ないのだ。
 比丘たちよ、では、なぜ私は、それらを説かなかったのか。比丘たちよ、それは役に立たず、梵行(八正道)のはじめともならず、厭離・離貪・滅尽・寂静・証智・等覚・涅槃にも資することがない。だから私は説かないのだ」
 釈尊は続けて、自らが四聖諦を説いたこと、四聖諦を説いた理由はそれが役に立ち、梵行(八正道)のはじめとなり、厭離…涅槃に資するからだ、と言明します(相応部諦相応シンサパー経)。
 釈尊は苦と苦の滅に資する教えは余すことなく説かれました。しかし無益な、苦の滅に資することない教えは説かなかったのです。
 今回取り上げた、『大般涅槃経』の地震の原因に関する記述も「無益な、苦の滅に資することない」類の教えです。お釈迦様は、ご自身が「寿命力」を捨てて般涅槃に入ることを知って、アーナンダ尊者がショックを受けないように、本題を切り出す前の枕噺のような形で八つの「地震の原因」を語ったのです。それを大層に持ち出して、「初期仏教の地震論」とか「地震は天罰か否か」云々を論じるのははじめから無理がある試みでした、はい(今さら、何を……)。

邪見を乗り越えて幸福に生きる

 しかし、そんな無理に挑戦してみて、改めて確認できたこともありました。それは地震を「天罰」とするような思想は、パーリ仏典に現れる断片的な「地震論」に照らしても、あり得ない邪見だということです。初期仏教の立場からは、地震を天罰とする見解に対して、経典から証拠を引いて明確に「否」を突きつけることができる、ということです。
 邪見は人を不幸にし、ひいては社会全体を不幸に陥れる猛毒です。私たちは自然現象である地震とそれに伴う津波によって充分に苦しみました。東日本の再生はまだ緒についたばかりです。
 途方もない「人災」となった東京電力福島第一原発事故によって、私たちに国の形を抜本的に見直すことを迫られています。「天罰」だの「仏罰」だのといった与太話に付き合って、時間を浪費する余裕は私たちにはないはずです。
 こころある仏教者は、地震を「天罰」とするような妄説を破り、邪見による「人災」を起こさないように努めましょう。その根拠はパーリ経典にあります。そしてどんな災難に遭っても「無常の見方」を忘れないで理性的に対処し、どこまでも優しい「地の神」を含む生きとし生けるものに慈しみを広げて、平和で豊かな社会を築いていきたいものです。本稿がそのための一助となれば幸いです。
 生きとし生けるものが幸せでありますように。

補遺:仙人の怒りで都市が滅びる?

 以上、パーリ経典の記録から地震を「天罰」と解釈することは成り立ち得るか、という問題意識を持って、長部16『大般涅槃経』を読んでみました。結論は、パーリ経典からは地震を天罰とする見解は成り立たない、というものでした。この問題はこれで終わりかなと思ったのですが、他の経典に気になる記述があったの、紹介したいと思います。

『ウパーリ経 Upālisutta』(中部56)は、ジャイナ教徒のウパーリ居士が身口意の業の重さについてお釈迦様と論争する経典です。身口意の三業のうち身体でする行為の業が最も重いと主張するウパーリ居士に対して、釈尊はこんな喩えを出します。片山一良先生の訳を参照した意訳を載せます。

釈尊「ここに抜き身の剣をかざした人がやってきて、『私はこのナーランダー(という都市)にいるすべての生き物を、一瞬のうちに切り刻んで肉塊の山にしてみせよう』と言うとします。ウパーリさんは、それが可能だと思いますか?」
居士「先生、たとえそんな人が十人、……五十人いたとしても、ナーランダーにいるすべての生き物を一瞬の間に切り刻んで肉塊の山にするなんてことはできませんよ。ましてや一人でできるはずがないでしょう」
釈尊「では、ここに神通力があって心が自在な沙門かバラモンがやってきて、『私はこのナーランダーを、一つの意の怒り(怒りの心)によって灰にしてみせよう』と言うとします。ウパーリさんは、それが可能だと思いますか?」
釈尊「先生、たとえ十のナーランダーでも、……五十のナーランダーであっても、灰にすることができるでしょう。ましてちっぽけなナーランダーくらい楽勝でしょう」

 ここで釈尊は、ウパーリ居士の矛盾にツッコミを入れます。身口意の行為のうち身体の業がいちばん重いと言いながら、身体で刀を振り回すよりも、神通という心(意)の力を使ったほうがはるかに大きな結果を出すと主張するのはおかしいでしょ? と。
 お釈迦様は続けて、ダンダキーの森、カーリンガの森、マッジャの森、マータンガの森、という具体的な地名を出して、それらが仙人たちの意の怒り(怒りの心)によって滅ぼされたと言い伝えられていると説きます。身体で犯せる罪はたかが知れているけれど、心(意)で犯す悪行為のスケールは限りないことの実例として。この対論はウパーリ居士がお釈迦様を賞賛して終了します。ウパーリ居士は身口意の三業のうち重いのは心で行う行為である、ということに心から納得してお釈迦様に帰依したのです。
 このエピソードから分かるように、古代インドには、聖者を怒らしたことで街が滅ぼされた、という伝説・伝承が広くあったようです。宗教者は特殊な能力を持っているので、丁寧に接しないとどんなバチを当てられるか分からない、という民衆の恐れがあったのですね。その迷信をうまく使って、お釈迦様はウパーリ居士の顛倒した思考を正してあげたのです。
 面白いのは「仙人たちの意の怒りによって isīnaṃ manopadosena」幾多の都市が滅ぼされたことへの注釈書(及び復注釈書)の記述です。片山先生の訳文のまま掲載します。

〈仙人たちのために《仙人たちへの攻撃によって》作られた意の怒りによって、ということ。その意の怒りを征服できない神々によって、それらの国は滅ぼされている。しかし、世間は「仙人たちが意を怒らせ(汚し)、滅ぼした」と考えている。それゆえ、この世間の説に基づいてのみ、この議論がなされていると解されるべきである〉

 つまり、仙人は心を清らかにする修行を完成して神通力を得たんだから、「意の怒りによって」人々に害を与えるなんてあり得ないっす。ありゃぁ、仙人が侮辱されたことに腹を据えかねた神々がやっちまったことです、という説明なのです。なんだか苦しい解釈だなぁと思います。そもそも、お釈迦様が当時のフォークロアをネタにして異教徒の有力信者を回心させた、というエピソードから、そこまで考える必要があるのでしょうか。
 しかし、もしかすると日本仏教の一部にみられるカルト的な「天罰」論、「日本国が法華経に帰依しなければ神々の怒りをかって滅ぼされるぞ」という類の脅しは、こういう枝葉末節の些細なエピソードから肥大化したのかもしれません。有名な「末法思想」にしても、お釈迦様が女性の出家を認めたときに漏らした「ボヤキ」のような一言に、尾ひれが付いて広まったという話がありますからね。*1

【 注 】

*1 アルボムッレ・スマナサーラ『日本人が知らないブッダの話』学研、2010 第五章「仏弟子たち」参照

初出:サンガジャパン Vol.6(2011Summer),加筆修正のうえ単行本『日本再仏教化宣言!』に収録

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