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白黒はっきり言えないこと

歌や発声、音楽のことがよく分かっている指導者ほど、当然のこと以外に関しては白黒つけたような言い方をしないのだと時々感じます。

私も長い間そうでしたが、何か「これさえ知れば楽に歌える」といったメソッドを追い求めていました。楽をしたいと思っていなくても無我夢中で上手くなりたいと思えば、そんな方法が少しでもあるなら知りたいと思うのは自然なことでしょう。日本語だけでなく外国語で書かれたものも含め、沢山の発声の本、身体の本を読みあさったり、ネットで必死で調べたりもしました。それらは決して無駄ではなかったです。一つ一つの研究の材料になりましたし、それがきっかけでつかんだこともありました。しかし結論から言うと「これを知ったから出来た」というようなものは、初学者のうちはほとんど起こらないのだろうと思います。

よく質問されることで「お腹は引っ込むのか、出るのか」という問題があります。「今までの先生はハッキリ教えてくれなかった」と生徒さんはおっしゃいます。これは本当に指導者が分かってなくて教えられなかったかもしれないし、ハッキリ言うことで逆に経験の浅い生徒に誤解されることを恐れていたのかもしれません。まずお腹をお互いどこだと思っているかで話が変わります。お腹と一口に言ってもかなり広い範囲を指すでしょう。私はなるべく具体的に「こういう時は出るし、その場合はお腹のここはこのように出るし、こういう時は引っ込むし、その場合はお腹のここはこのように引っ込む」などと答えるようにしていますが、それは理論や構造の話で、それを聞いてそのようにしてみてすぐ出来るという簡単な話ではないので、訓練と研究を重ねる必要があると口を酸っぱくして伝えています。出来ているかどうか、やり方に問題がないかどうかは本人には判断しにくいので、指導者が生徒の声を聴き、しっかりと導きます。大事なのはやっているかどうか、やれたかどうかではありません。やったことによって声がどうなったか、音楽がどうなったかで指導者は判断するものです。

「私、出来ていますか?」という質問には慎重に答えます。前回より出来たとはっきり感じたらそのように伝えます。「出来た」というのはちょっと危険な表現、感覚だと思うことがあります。「その方向!」「方向的には正しいですよ、その調子!」と答えることが多いです。出来るということは一生ないと思っています。1ミリでも常に上達していくべきだし、その先の知らないレベルが必ずあるはずだと自分でも思っていますから。

ブレスを鼻で取るのか、口で取るのかもよく質問を受けます。最近ある講座で指導者がこれについて答えていましたが、私もその方とほぼ同じ理由と結論で「鼻の時もあれば口の時もある」です。その先生は「生徒にはほとんど鼻で吸うように伝えています」ということでしたが、私は「鼻で吸うように口で取ることを基本に」と伝えています。その先生のおっしゃることでも良いし、私のやり方でも良いのだろうとその先生もおっしゃると思います。これはたぶん理解している者どおしの感覚なので難しいのですが、その言葉だけを取って「あの先生とあの先生はやり方が違った」と判断されませんように。どんな場合に鼻で吸うのが良いのか、鼻口それぞれの利点や陥りやすい問題などは別の記事にまとめたいと思います。

全てはバランスです。早く上達したい人にとっては歯がゆいこともあります。声を前に出しなさい、飛ばしなさいと言っておきながら、もう少し後ろにとか、吸い込むようにと言ってみたり、口は少し縦と言ったり横に引きなさいと言ったり。相反するような言葉がけは生徒が混乱しないように十分なサポートしなくてはなりませんし、あまりに頻繁に言い換えていれば信頼関係が崩れてしまうかもしれませんが、こういった様々な、ともすると相反するアプローチは指導者が無責任なのでもなく、混乱しているからでもなく、迷っているからでもなく、目的があってやっていることであると理解する必要があります。

指導者とは納得がいくまでディスカッションするべきだと思います。その時にもし白黒つかない返答だったとしても、良い指導者であれば「時と場合による」ということと、それがどんなケースかしっかり把握し判断できる上での返答なのです。

出来る限りの返答をしてから「研究してみてくださいね」。私は最後にそう言うことが多いです。日々の訓練、実験、研究、そして良い指導者の導きがあれば本当にいつかそのバランス感覚を獲得できると思うからです。

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