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俵の風 第二話"狂い” #漫画原作部門

第四節
人々は、京の国の殿様に気に入られた村があると聞きつけて、入ってきた。

時を待とう

必ず、奪える瞬間があるはずだ。

殿様は、心豊かに美の国へ入ってくる外部の者など問わず農民を大切にした。玄が、一才になりようやく立ち上がることができるようになった頃、殿様は、今年の秋の収穫祭は、盛大にしようと命を下した。

「次の収穫祭は盛大に行うそうだな。」
「我に良い、提案があるのじゃが…」
「藤田はもちろんのこと、村人もこの収穫祭では気を緩めているであろう。」

汚い口元が口角を上げ、汚れた歯がニヤッと笑った。

「皆が安心しきっているこの収穫祭の日に、襲撃しようではないか。」
ウヒヒヒヒと下品な笑い声を上げた。


第五節
今日は、美の国の収穫祭!村じゅうがお祭り騒ぎ。

笛のなる音 太鼓の愉快な音 豪華な料理

早朝、「今日はこの美しい着物で」と紅は老婆やに女の子らしい綺麗な着物を見せられた。紅は、あからさまに私が着るものではないと眉をつり上げた。

「姫様、今日こそは逃がしませんよ!女は女らしくおしとやかに…」
逃げようとする紅を老婆やは追いかけ、紅に着物を着させようとした。

何としてでも、免れたい紅は、「老婆やにあげる!」と言った。
老婆やは、目をまん丸にした。

「老婆やも私に構ってないで、今日ぐらい羽を伸ばしておいで。おいしいもの食べて、収穫祭を楽しんできて!
今日の収穫祭は、私がいなくても玄がいればいいでしょ!」
そう言い捨てて、紅はまた森の中に行ってしまった。

老婆やは、森の中にかけて行く紅の後ろ姿を何もできないまま心配そうに見送った。ふと、先ほど紅に言われたことを思い出した。

紅:(老婆やもおいしいもの食べておいで

姫様はこんなにも美しい着物を着ないで、今日のこんな日でも、森へ出かけちゃうなんて、変わり者ね、と。
それじゃあ、今日だけは羽を伸ばさせていただくわっと老婆やの頬が緩んだ。

紅が森へ出かけたことを聞いた殿様は、紅は仕方ないやつだ、自由にさせておこうと笑い、帯をしめた。どうやら、今日の殿様はいつも以上に機嫌が良いらしい。

いよいよ、秋の収穫祭が始まり、酒が振る舞われた。
殿様は、「皆のおかげでここまで国を築き上げることができた」と声をかけ人々は、祭りに酔った。

紅は、城が遠くから見える山頂へ行った。今日は玄の誕生一年祝いと秋の収穫祭だ、と思いながら地に寝そべり空を見上げた。

のぼりが上がり始まりの太鼓が鳴る音が聞こえてきた。そろそろ始まった頃だと紅は思った。
その瞬間、何かの知らせかのように鳥たちが一気に騒いだ。
遠くの城でも騒がしく人の叫び声が聞こえてきた。そんなに村人たちは収穫祭を楽しんでいるのかと、紅は体を起こし、城の方をみた。城の方で、煙が上がっているのが見えた。城の外で鳶が舞っている。
何があったのか全くわからない紅は、急いで城の方へ走り出した。

城まであと一本の道の角を曲がった時、馬を必死で走らせながらこちらへ向かって来る風の姿があった。
紅が、風に何があったのか聞いた。

「とにかく今は、遠くへ逃げるんだ!」風は、紅の腕を思いっきり引っ張り、馬に乗せた。

紅は、風の言っている意味がわからず、風に城へ行き、皆を守るべきだと主張した。

風の父、仁に言われたように、風は紅を連れ逃げようとするが、紅は言うことを聞かない。

自我の強い紅は、風の握っていた手綱を反対方向へ強く引っ張った。
馬がヒヒーンッと鳴いた。

「何をする!今城に帰れば、お前の命はないのだぞ?!」

ここで、ようやく紅は事の深刻さを理解した。

敵陣が城を奪おうとしているのだ。

城だけでなく、お父様の命、村人の命、藤田家の命、今まで築き上げてきたもの全てを奪おうとしている。

すると、とびの高い鳴き声が天から聞こえてきた。
空を見上げると、とびが紅たちを見つけ、紅のところへやってきた。

とびの羽には、傷があった。火の中を飛んできたのだろう。

風は、少しでも安全な場所に行こうと、紅を後ろにのせ馬を森の中へと走らせた。

第六節
その頃、城の中では反逆者たちが殿様を討とうと殿様を探し回っていた。
殿様と殿様の守り人、仁は今日の収穫祭を楽しみにしていた。

そしてもう、この世には戦いがないと信じていた。 
少なからず、この美の国では。
我らが築き上げた国を狙う反逆者たちが、この国に存在しているとは思っていなかった。

自ら心を開き、自ら育てたこの国とそれを一緒に作った村人たちを殿様は信じきっていた。

窮地に陥った二人は、何も抵抗することができなかった。

愚かな若者に刀を振りかざされた。

殿様と仁は、はかなく掻き斬られた。
愚かな反逆者は、歯止めを知らない。
藤田家の息の根を止めてやろうと、企てていた。

次に狙うは、美の国の後継者、玄だ!と、反逆者たちは、まだ生まれて間もない玄を次の標的にした。

殿様が斬られたことを知った。

玄の母、千夜と婆様は玄を連れて城から逃げることを決意した。

このままでは、我らの命が危うい。

(どうか、紅よ、遠くに逃げておくれ)

森に出かけたまま姿を見ていない紅が無事であることを祈るばかりである。

反逆者たちは、赤ん坊を見つけては、剥ぎ取った。

玄がどのような容姿か知らない反逆者たちは、藤田信の娘と一緒にいるに違いないと考え、豪華な着物を身につけている者が姫だと、声を上げ城を探し回った。

第七節
森の奥深くまで馬を走らせた、紅と風は川辺で馬を休ませていた。

そこへ、一つの光が紅の元へゆらゆらとやって来た。

紅は、これは何かの霊魂だと勘付き、お母様と老婆や、そして玄の居場所を聞いた。

しかし、返される言葉はない。

横で一緒に休んでいた、とびの胸にその霊魂がすーっと入っていった。

紅は、目を疑った。何が起こったのか分からず、戸惑った。

しばらくして、また馬を走らせた。

もうすぐ、夕暮れ時だった。

元気のなかったとびが、先ほどの霊が入ったからなのか、回復して、空を飛び回っていた。

何かを見つけた様子のとびが、紅たちを呼んだ。

とびが誘導する方へ行くと、玄を抱き抱えるお母様と老婆やが、身をひそめながら茂みに隠れていた。

紅は、三人に抱きついた。

お互い無事を確認し、ほっとしたのもつかの間。
紅と風は、殿様とその守り人、仁が反逆者に斬られたことを知る。

二人の父が殺されたことに対する衝撃は、計り知れないものだった。
もう、あの幸せだった日常は帰らないのだと紅は悲観した。

風も、同じように傷ついているはずなのに、風はそれを顔に出そうとはしなかった。

紅の母、千夜が紅に真剣な顔で話し出した。
「ここはもう、安全なところではない。ここに居ては、皆が殺されてしまう。どうか、紅よ生き延びてくれ。」

母は、紅に藤田家の命を託すように言った。
「風よ、紅と一緒に京の国へ行っておくれ。事情を説明すれば、京の殿様がかくまってくれるはずだわ。」

風は、今はもう亡き父に言われた言葉を思い出した。
仁:(お前は、この国の姫様を守るのだ。

もしかすると、自分の使命は命をかけて紅を守ることなのかもしれない。

「ええ、承知しております、奥様。」

風は、千夜の目をまっすぐ捉え、紅を守ることを約束した。

「玄が一番に狙われるだろう、わたくしが玄を守る身代わりとなりましょう。」
玄を抱えていた老婆やが、玄が包まれていた緑の着物を脱がせ、肌着のままの玄を風の背中に結び付けた。
脱がせた着物を老婆やは丸め、玄を抱き抱えているように両腕で着物を抱え込んだ。そして、紅の着ていた上の一枚の着物も無理やり脱がせ、老婆やがそれを羽織った。

「追っては、姫様が着る豪華な着物を手がかりに探している。わたくしどもが、時間を稼ぎます。山を彷徨っている間に、紅たちは京に一刻でも早く到着しなさい。」

「母上や、老婆やを見捨てて逃げるなんてできないよ!」

紅は、声を大きくして老婆やに言った。

「私たちも、ただでは死なないわ。万が一のことを考えると、あなたたちは藤田の血を引く唯一の子供たちなの。どうか、先祖より守ってきたこの命を無駄にはしないで。」
千夜は、紅を説得するように言った。

「この山を超えた麓で落ち合いましょ。風よ、この道を真っ直ぐ行き左に曲がりなさい。その道が一番の近道だわ。」

母は、まだ体を乗り出している紅に「また後で会いましょ」と一言言い、馬の尻を思いっきり叩き、馬を走り出させた。

馬は、ヒヒィーーンと馬声を上げ、勢いよく走り出した。

紅は、突然馬が走り出したため、後ろに身が引かれ馬から落ちそうになった。
なんとか、身を持ち上げ、風にしがみ付いた。

風は、勢いよく走り出した馬に動じることなく、ただひたすら馬の手綱を持ち馬を走らせ続けた。

紅は風のお腹に両手を回し、風の背中で静かに寝ている玄を、そっと優しく胸に包み込んだ。

第八節
紅が、先ほど山頂から村をみていた場所についた。

風は、紅に村の方を見るように言った。
そこには、村が一面に火の海になっている光景があった。
反逆者が、村を襲ったのだ。

私たちが、暮らしてきたあの穏やかな日常は、もう跡形もなかった。
紅が、今まで遠くから眺めるのが好きだったあの村は、もうなかった。
風は、追ってが差し迫っていることを念頭に置き、先を急いだ。
紅は、何度も後ろを振り返り、母や老婆やが来ていないかと確認した。
太陽が、もうすぐ沈もうとしていた。

時間の限界は、日没だと風は思っていた。
太陽の半分が山に沈み、そこから光か少し漏れ空が黄金色に染まり始めた頃、ようやく風は、馬の足を止めた。

「ここが、一つ目の山の麓だ。あそこに小屋があるだろう。あの中で休もう。」

風は、そう言った。

近くを流れる小川から水を汲み、馬に水をやった。

夕立雲が遠くからこちらへ迫ってきているのが見えた。

馬を休ませている間、紅と風は玄を抱え、小屋の中に入った。
食料は、風が城を出る時に、持っていたポンポン菓子のみである。

紅は、お腹が空いていたため、風の持っていたポンポン菓子を奪い取り、一人で全部食べた。

空の袋を渡された風は、紅に怒った。
「なぜ、全て食べたのだ!これからの食料全てお前が食べたのだぞ!」

「そんなに怒らなくてもいいじゃない!お腹が空いてたから、食べただけじゃない!」

紅は、怒る風に言い返した。

「全く、どんなわがままな姫なんだよ。」
風は、呆れるように呟いた。

「それが、姫様に対する態度かしら?!」
と紅が言い、もうどうでもいいよ、と風は、小屋の外に出て言った。

太陽が山に沈み、辺りが薄暗くなってきた。

「おい、もう行くぞ。」

紅は、風が何を言っているのかわからなかった。

「え?ここで母上と老婆やを待つんじゃないの?」
「ああ、今まで待っていただろう。いつまでも待ってちゃ追手が来る方が先だ。もう時間の限界だ。」

「母上と老婆やはどうなるのよ!」

紅は、風に問い詰めた。
「無事を祈るしかない。このままでは、俺たちも死んでしまうのだぞ!一刻も早く先を急がなければ、何もできぬまま俺たち皆、皆殺しだ。」

しばらくの間、夕立雨の屋根を弾き返す音だけが部屋に漂っている。
紅は、下を向いたまま静かに座っていた。

だんだんと雨の音が弱まってきた。

風が立ち上がり、支度を始めた。

「紅、行くよ。」

紅は、何も言わず、下を向いたまま立ち上がった。

風は、紅の手を引っ張り、玄と一緒に馬に乗せた。

風も馬に乗り、ハッと言い、手綱を掴み、馬をまた走らせ始めた。

母様と老婆ばには会えぬまま、この地を去る事実を紅は静かに受け止めた。

第九節
しばらく、紅は何も言わないまま空を見上げていた。 
綺麗な夜空が、紅たちを包んでいた。

「綺麗な、星空だ。」紅は、呟いた。

すると、風も空を見上げた。

「ああ、ほんとだ。」
「心が洗われる。」風がそう呟いた。

越えてきた山を下ると、村が見えてきた。

「今日は、ここまでにしよう。」風は、そう言った。
紅にとって、野外で夜を越すことは初めてであったため、紅は風に文句を言った。

「風は、いいかもしれないけど、私、女の子なんだから!」

すると、風は、頭をかしげた。

「何を今更言っておるのだ、お前、今まで散々野を駆け回っていたではないか。お前は、元々野蛮人であっただろう。」

紅は反論する言葉がみつからなかった。
確かに、自分は姫様としての習い事には一切興味を示さず、毎日野を駆け回っていた。

「まあ、よい。今日は大人しくここで一晩越す。」
紅は、そう言いすんなりと受け入れた。

紅は、玄を抱き抱えながら、その村の誰もいない小屋で一晩を過ごした。

風は、紅を守るため、小屋の外で、一人あぐらをかき、辺りを見張っりながら夜を明かすことになった。

#創作大賞2024

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