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俵の風 第一話"出会い” #漫画原作部門

たわらの風

-あらすじ
四百年ほど前、時は戦国の世。
藤田信(とうだしん)は美の国(みのくに)の領主。
豊かな自然に囲まれた美の国では、稲作が盛んに行われ戦国時代にもかかわらず、武士も農民も皆が平和に暮らしていた。藤田信は子宝にも恵まれ美の国のお姫様、紅(こう)そして美の国の後継となる玄(げん)が生まれた。いつまでもこの美の国が豊かな自然と共に平和な場所であってほしいと願うとは裏腹に、美の国を羨ましがり乗っとろうとする勢力が現れる。美の国を追われた紅と玄は、紅の幼馴染そして守り人である風(ふう)と一緒に京へ命を懸けた旅に出発する。旅の途中で出会う人々との出会いを通して、まだ子供だった紅たちが気持ちの変化と共に大人になっていく姿を描いた物語。


-本編

第一節
四百年ほど、その昔
この国には、数えきれない程の山城が存在していた。
鳶が大空を駆け抜けていく
田んぼに苗が敷き詰められ、みどりが一面に広がっている

この光景をもう一度、父と一緒に見たい。
そう思いながら、女は一人、日が沈む中
稲田の畦道で佇んでいた。

田植えがひと段落し、穏やかな日常が続いている。村の子どもが、田を駆け回りながら遊んでいた。

あの時、すべてがうまくいっていた…

ここは昔、小さな小さな村だった。戦の世であるのにも関わらず、村の武士は、剣を置き、剣の代わりに桑を持ち、田田を広げ、稲作を始めた。毎年、春になれば畑を耕し始め、夏になれば田田に水を引き、苗を植える。秋は、収穫祭。冬は、暖を取り皆で冬を越す。そんな日々を続けながら、米を年貢として京の国へ納めるようになった。ある時、京の国の王から、藤田信が治める領土の米が一番だと、讃えられた。藤田と村人たちの功績が認められ、京の国との関わりも多くなった。藤田信(とうだしん)は力をつけ始め、領土も大きくなり、京の国の王は、藤田の領土の名を「美の国」と名付けた。

愛情深い藤田は、美の国の村人たちに惜しみなく稲作の技術を教えた。自ら農民と共に田を耕し、苗を植え、稲を刈った。藤田は、美の国の王であるにも関わらず、殿様は農民の良い模範となった。そんな殿様は、徳の高い人物だと村人たちに親しまれた。順風満帆な日々が続く頃、藤田の奥様、千夜(ちよ)が赤ちゃんを身籠った。初めて美の国の王である、藤田家に赤ん坊が誕生した。名前は、紅(こう)。女の子であるが、周りの男の子顔負けのやんちゃな女の子へと育っていった。村の子どもと同じように田畑を駆け巡り、泥んこになって遊んだ。紅のお世話人の老婆やは、紅のことを「大自然の中で飛びまわる姫」、と揶揄した。

強い日差しが降りかかっていたある夏の日、紅は森の中で一つの鳥のたまごを拾った。紅は、なんのたまごかわからないまま、老婆やに相談することもなく、布に包み温めていた。

一週間後、たまごが割れる音がした。布を開くと、小さく可愛い一羽の鳥がかえっていた。これが、紅の一番の親友、鳶の「とび」との出会いである。紅は、感激した。自然がもっと大好きになった。あばれ馬でもなぜか紅が乗ると、紅に手懐けられおとなしくなる。周りの付き人は、紅のことを動物と会話ができる不思議な子と思うようになった。

時折、田と田の間を駆け巡る風に、紅の心はくすぐられた。いつまでも、この畦道で季節折々の穏やかな風を感じることができると思っていた。

第二節
紅は、美の国を築き上げた殿様、藤田信の娘である。

一国の国の姫様という立場らしからず、紅はいつも村の子どもと一緒に外に出て遊んだり、一人で山に登る活発な女の子であった。そんな紅をお世話する側近の者たちはいつも殿様からもっと女の子らしいことに興味を向かせろとお叱りを受けていた。紅の周りにいるおとなたちはいつも、紅にあれはしてはいけない、これはしてはいけないと言うものの、当の本人である、紅はそんなことなど知らんぷり。探究心の強い、男気のある子であった。

紅が十三才になった頃、紅に弟ができた。名前は、玄(げん)。玄は、紅とは対照的で体の弱い赤ん坊だった。

ある日、権力の強い京の国から田でんの視察に、京の国の殿様が視察団を率いて美の国の村へやってきた。その中に、紅より五つ年上の男の子がいた。のちに京の国の後継となる、ちょ丸である。ちょ丸は、紅のことを見ると、頬を赤くした。

ちょ丸と目が合った紅は、怪訝な顔をした。明らかに、ちょ丸は紅に好意を抱いた様子だったが、紅はちょ丸に見向きもしなかった。いつものように、紅は山の中へ遊びに行った。ゆび笛を吹き、山の中での友達である鳶のとびを呼ぶ。とびは、紅の肩に乗り、二人は会話を交わす。

川から聞こえる静かな時の流れを感じる。しばらく、川辺に座っていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。辺りを見渡すと、下流の方にちょ丸が足を痛めながら尻餅をついていた。周りにいるお付きの者たちは、慌てている様子だった。近くに行ってみると、ちょ丸が転んで血が足から出ていた。

周りの者は、どうして良いわからず、戸惑うばかりであった。それを見かねた紅は、野に咲いていたよもぎをむしり取り、ちょ丸の所へいき、よもぎをつぶし、それを傷口に押しあてた。

「何をする!」
ちょ丸は、よもぎを押しあてる紅の手を払いのけた。
「いいから、黙って傷口を押さえていろ!」
紅は、ちょ丸に言った。ちょ丸は、紅が女の子であるのにも関わらず、自分に強い口調で言ってきたことに対して、驚いた様子だった。ちょ丸は、紅の手当てを黙って受け入れた。

あの者は誰だとちょ丸の付き人たちが口々に言った。近くで一連の状況を見守っていた、紅の幼なじみであり、付き人である風(ふう)が、
「美の国の姫様でございます。」
と答えた。

ちょ丸はこの時、紅が美の国の領主、藤田信の娘であることを知る。風の父は、守り人として戦国時代より藤田家に使えてきた人物である。

風の家系は、代々領主との繋がりが強く、殿様の後ろで、殿様をお守りするいわゆる忍者の家系である。紅が生まれた年に風も生まれ、紅と風は、昔からよく一緒に遊んで育ってきた。風の影響を受けて、紅も同じように山に登り、川で泳ぐようになった。

最近は、紅を風が遠くから見守ることが多くなっていた。風は、紅が十三になる前に、風の父、仁から紅の守り人として紅を守るように命じられていた。
「風よ、紅は美の国のお姫様だ。
お前は、この国の姫様を守るのだ。」

最初、風はその命に反発した。一緒に育ってきた紅を守れと命じられ、戸惑った。あんなやんちゃなじゃじゃ姫は誰も守らなくても大丈夫だ。

…。

ああ、そうか、紅はこの国の姫様なのだ。風は、そう悟った。風が自分を守っていると、紅は知る由もない。
「あんなに野を駆け回る女は、守らなくても大丈夫だ。」
風は、誰にも聞こえないようにそう呟いた。

毎日、外へ遊びに行く紅を見かね、老婆やは
「姫様、今日はどちらへ?」
と聞いた。
「え?山に登りに行ってくるよ。」
紅は、当たり前、と言うかのように老婆やに言った。
「紅よ、今日は老婆やの手伝いをしてくれぬかね。」
老婆やは、紅に少しでも女の子らしらを身に付けてもらいたかったため、紅を誘うように尋ねた。
「老婆や一人でできるでしょー?老婆やがやっといて!」老婆やの思いもはかなく、紅はそう言い残して、大自然の中に消えて行った。

老婆やは「姫さま~~!」と、戸惑い後を追おうとうろうろしたが、腰がギクっと鳴ってしまい動くことができなかった。

殿様に、頼まれていたことが出来ず、周りの側近に老婆やが悪いと言われた。老婆やは、紅の帰りを静かに待つことしかできなかった。

第三節
紅の暮らすこの村は、春には田に稲を植え始め、夏には田んぼに水を注ぎ入れ、蛙が騒ぎだす。夏の夜に川に行けば静かな川の音と共に、ほたるのはかない光が見える。秋には、稲が育ち収穫祭が行われ、冬には大地が真っ白に染まり、皆で暖をとる。

紅は、厳かな一年に一度必ず訪れるこの周期の中で生活できることに幸せを感じていた。京の国からきた視察団が帰る日の少し前、紅は側近たちがコソコソ話していたある噂を聞いた。

「京の国の後継である、ちょ丸様、姫様に求婚をするそうですよ。」
紅は、耳を疑った。そんなわけあるはずがないと思った。次の日から、紅はちょ丸に会うたびに、耳を赤くした。ちょ丸のことなど最初はなんとも思っていなかったが、あの噂を聞いてから、意識するようになった。

ちょ丸が京に帰る時がやってきた。
「必ず、また会おう」と、ちょ丸が紅に言った。

紅は、求婚のことは気にせまいと頭の外に無理やりそれを追い出していたが、紅はちょ丸に惹かれつつあった。

この時、紅十三才、ちょ丸十八才のことだった。

紅の父且つ、美の国の領主、藤田信は体格が大きく力強いが愛情深い性格をしている。紅の母は、体が弱く、滅多に前に出てくることはないが、紅の良き理解者である。

すべてが順調だった。

藤田領主は、人々が幸せに暮らす美の国を作り上げたと確信していた。

しかし、この世は然り、戦国の世。

美の国のうわさを聞きつけた人々が、入り込んできた。

美の国の村人は、自分たちが殿様にしてもらったように、外からの者を受け入れ、稲作を教えた。

共に稲を育て、共に笑い合った。

人々は、時を待った…

息をひそめ、静かにすべてを奪う瞬間を…

#創作大賞2024

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