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A piece of cake

慣用句としての意味ではなく、一切れのケーキを買った。

デパートや駅ナカの店の大行列に気が滅入り、足早に立ち去ったものの、何だか後ろ髪を引かれる気もしつつ駅前を離れた。この日に特段の思い入れはないが、ケーキは食べたい気がした。

時間的にもう閉店しちゃってるかな、だったらもうしょうがないか等と思いながらぼんやり、街で長く続いているフランス菓子屋さんへ向かう。店内は薄暗いもののドアは開いている。しかし、接客要員は見当たらない。奥では職人さんたちが作業をしていた。

戸惑いながらも中へ入り、ショーケースを見渡す。ほんの少しだけ残っているケーキの中から、マスカルポーネのムースを使ったものに決めた。別にこの日には関係ない、普通にその時食べたいと思ったものだった。

「すみません」と、奥に声をかける。

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ショーケースの中のものには無かった気がするんだけど、帰宅後、箱を開けてみるとヒイラギの飾りがついていた。


ワイワイとホールケーキを予約していた客でも、共に過ごす人と一緒に、あるいは家で待つ人のために複数のケーキを買う客でもない、ずいぶん遅い時間にふらりと現れ、たった一つのケーキだけを買おうとする客に、対応してくれたのは(若手の職人さんではなく)店主のおじさんだった。

それは優しい時間だった気がした。


いつもこんな時間まで開いていたっけ?と、何だか気になり、店のサイトを確認してみると、私が訪問したのは閉店時間を2時間も過ぎた頃だった。

こういうお店、長く続いてほしいなと思った。


今日こぞって行列を作っていた人々も、明日になればケーキを食べるために並ぶことはなくなるだろう。次はお節かもしれないし恵方巻きかもしれない。

私は普通の日にケーキを買って食べるよ。今日もそうだったし、これまでも、これからも。

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