見出し画像

今日の予定を昨晩のうちに書き出すこと

 先日の朝日新聞の夕刊に、「オカン(お母さん)が“広告の裏”に手紙を書いてくれていた」という話が出ていました。

 その新聞には、“広告の裏”ということについて何のコメントも記載されていませんでしたが、現在いまの人に“広告の裏”ってものが、イメージできるのかな、とちょっと気になりました。

 というのは、新聞自体を取る人が減っていますから、新聞にはさまれてくるチラシ広告というものにも馴染みがなくなってきています。
 ※今回は、夕刊記事ですから、新聞を取っている人しか、確認されないでしょうけど。

 また、チラシ広告そのものにしたって、この20~30年ほどは、裏が白い(つまり、印刷されていない)広告なんて、ついぞ、見かけたことがありません。

 私の小中学生の頃は、確かに、「広告の裏」というものが、印刷されていない状態が通常であり、それを結構な割合で、メモ用紙とかに利用していたものでした。

 確か、故・井上ひさし著の『ブンとフン』というおふざけ小説の中で、文章を盗作された小説家が出て来て、その執筆するにあたって原稿用紙(これ自体も時代ですね。)として活用しているのが、「広告の裏」でした。

 このように「広告の裏」というのが、メモ用紙などに使用される実態が日常だった時代、私が、小学生のときの学級新聞の自己紹介記事としての質問にこんな風に答えたことがあります。

 「趣味…“ちょっとした帳”を作ること」

 今よりずっと貧しい時代でしたから、メモ用紙を文房具屋さんなどで買うなんてことはありませんでした。

 私は、広告の裏を何等分かに切り分け、ぶる下げるための切り込みをカッターで入れて、机の脇にぶる下げて置いて、まさにメモ用紙として活用していました。

 そのメモ用紙を、「ちょっとした帳」と、私は呼んでいたのですね。
 ※趣味として掲げるにあたり、ウケを狙ったのでしょう。我ながら、ちょっとかわいいし、何だか少しばかり利口そうです。

 私は、その「ちょっとした帳」を当時から、自分の一日の予定表として活用していた記憶があります。

 今日は、9月1日で、夏休み明けの小中学生が多いと思いますが、私は、きっちり予定を立てる子で、夏休みなども、きちんと予定を立てるし、たとえ予定どおり行かなくても、都度、修正・修正し、フォローしていくタイプでした。

 ですので、夏休みの宿題は、大体7月中には大方片付いていたように思います。ただ、毎日、やるべきものは、本当に文字どおり毎日やっていましたよ。

親が宿題を手伝うなんてことを、私が子ども時代にやってもらったことは一度もありません。また、親になった私が子どもに対して、宿題を手伝ってあげたなんてことも、本当に一度もありません。

宿題なんて、本人の責任でやらせないから、却って自立しないのです。それで、先生に怒られたら、懲りる子は懲りるでしょ。

 というわけで、私は、「ちょっとした帳」に一日の予定表を書いていたわけです。

 この習慣は、大人になってからも続きます。現在は、本日の予定は、昨晩のうちに、時間単位で項目を起こして書き出しておきます。そして、達成すると、ペンで消し込みます。

 これって、実にいいアイデアですよ。今は、「広告の裏」がないので、100円ショップで購入したメモ用紙を活用していますがね。

 ある経営コンサルタントは、このような“To Do List”(やるべきことリスト)の活用は「一千万円の価値」があると言っています。幼くして身に付けた習慣は今も活きています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?