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養生と老荘思想

コロナ禍以降、コントロールできないことへの適応力が試されるようになった。社会の不確実性はより増して、考えを巡らせることも難しい。
まずは自分自身の不確実性に向き合うことが重要だと思う。特に持病や不調や老いと向き合う上で、養生と老荘思想は普遍的で取り入れやすい。

養生訓

江戸時代に広まった「養生訓」は、健康、健康法の指南書として福岡藩の儒学者、貝原益軒が84歳のときに書かれた。
貝原益軒は子どもの頃から病気がちで長生きできないと言われて育ったが、中国起源の養生文化について調べ尽くして実践し、江戸時代の平均寿命が50 歳程度の時代に85歳まで生きた。

人の体は、とても貴く、それを養い維持するには最高レベルの術が必要だが、師はなく、教えもなく、学ばず、習わず、これを養う術を知らずに、ただ自分の心にひそむ欲のままにしていれば、どうしてその道を得て、もって生まれた天寿を何事もなくまっとうすることができようか。

『養生訓』貝原益軒(著), 城島明彦 (翻訳) P.45

コロナで多くの人が健康不安に晒された。医学の手前にある自分と向き合う「知」が養生訓には詰まっている。
現代の医療は素晴らしいが、問題が起きてからの対処になることが多い。健康を増進する「エンハンスメント」より、古くなったりガタがきた心身をメンテナンスしながら使い続けていくしかない。
日々の心がけで不確実性の高い自分を見つめ、良い状態で維持することで、不確実性の高い社会をサバイバルできる。

「養生訓」の世界観は自然の一部である身体が調和をとってより良い在り方を模索するもの。儒学者が書いたものなので、今読むと規範意識が鼻につく部分もあるが、普遍的なことが丁寧に書かれている。


日本の思想家、哲学者が愛した老荘

儒家文化が日本にわたり、江戸時代の封建社会にさまざまな学派を生み出し、階級や身分制度や家父長制などの「規範」を作り上げた一方で、道家文化は自由を重んじる超俗的思想がある。
あるがままに自然に身をまかせる「無為自然」を説いた道家文化の始祖老子や荘子の思想は病や戦争など極限状態の社会に静けさとオルタナティブな在り方を示し、日本の思想家や哲学者に愛された。

東洋の伝統思想を近代化し、西田哲学で知られる西田幾多郎が病気療養中(「病中叙懐」に記載)に親しんだ荘子の哲学、思想家の中江兆民が喉頭がんで余命宣告後に書いた『一年有半』で触れられた荘子の死生観。戦争の時期、老子の思想に思いを馳せて「東洋的アナーキズム」と表現した鶴見俊輔。

儒学者によって書かれた日々の実践「養生訓」と、老荘の「無為自然」や「小知不及大知(広い視野を持つ大智者に小知はかなわない)」といったマクロな考えは視座が異なる。
でもどちらも中国哲学をもとにした東洋独自の思想であり、それが極限状態の人々に寄り添い心身の回復に寄与していることがわかる。


無為自然の復興

老子はあるがままに自然に身をまかせる「無為自然」を説いたが、現在、中国の若者の間で「躺平(とうへい)主義」と言われる「寝そべり族」がブームになっている。

最低限の生存レベルを維持し、他人の金儲けの道具や搾取される奴隷になることを拒絶する。それが「寝そべり」族。そのムーブメントが中国当局を不安にさせており、中国メディアが火消しに走っているという。

中国の若者に広がる「寝そべり族」 向上心がなく消費もしない寝そべっているだけ主義 _ 急激な台頭に政府もピリピリ? _ クーリエ・ジャポン

経済発展の著しい中国で無力感と不屈感を表現する「寝そべり」は、老子的な政府に対する反抗として、台湾のメディアでも報じられている。

老子の「少私寡欲」は「足るを知る」といったミニマリズムの思考で、物質的な満足を疑問視する若者にも注目されている。
老子は禁欲を解くのではなく、社会的価値の制約から解放されようという豊かさがあるのも特徴的。


時代要請としての老荘的養生の実践

資本主義的に浸かりきった社会から距離を置く上で、養生と老荘思想は資本主義的なものから距離を置いてものごとを考える羅針盤になると考えている。
ヘルスケア、フィットネス産業が盛んなように、養生することにお金をかけようと思えばできるが、基本的にかからない。

コロナ禍以前、まだ成長志向や幸福追求を批判することは「負け犬」のように思われたが、社会全体が燃え尽き症候群になっている今、伝統的な思想にもとづく心身をいたわる考え方を見直す時がきた。

「人生100年時代」「ウェルビーイング」など新しい概念も根本的に古くからある養生の概念とつながっている。
コロナ禍以降、「ネガティブ・ケイパビリティ」という不確実なことに答えを出さず受け入れる概念について言及されることが増えたが、不調・不安を抱えて生きる現在こそ、養生と老荘思想は機能すると思う。

Photo by Kelly Sikkema on Unsplash

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