澳門 Stranger-04
全てはフェリーのために
香港と同じく中国の特別行政区であるマカオは香港からフェリーで1時間ほどだ。当時、観光客に対し「マカオ行きフェリー片道無料キャンペーン」なるものがあったので、マカオに行かない選択肢は僕にはなかった。
朝、雨が降り頻る中、香港のインドとも言える重慶大厦を出てフェリー乗り場へ向かう。雨の香港から晴天のマカオへ行くなんて我ながら最高の段取りだとほくそ笑みながら、これから職場へ向かうであろう人々の間を縫って浮かれていた。
フェリー乗り場に到着しチケットを買おうとしたところ、スタッフのオジにチケットがもう売り切れたことを伝えられ絶望した。
おしまいだ。
翌日の午後に帰国する予定なので今日マカオに行けなかったら、もう行けない。どうして良いか分からずに窓口の前で突っ立ている僕を見かねて、オジが「今ここでチケットを発行してやるから、それ持って香港島にあるもう一つのフェリー乗り場へ行け」と言うではないか。優しい……。
希望の便を尋ねられたので1時間後のチケットを答えたら「お前には無理だ」と言わんばかりに鼻で笑われて、さらに遅めのチケットを取ってくれた。
ここからもう一つのフェリー乗り場へは頑張っても40分はかかる。オジに感謝を伝えて急いで向かおうとしたが、まんまと迷子になった。まずエレベータが動かず困り果て、動いたと思ったらバカでかい複合施設の薄暗い地下駐車場でウロウロする始末。割と本気で二度とこの建物から外に出られないと思った。
なんとか外への通路を見つけて、先ほどのオジのいる窓口を素早く通り過ぎ外に出ることができた。絶対「あいつまだここで何してんだ」と思われたであろう。そんな羞恥心が原動力となって雨の中走って駅へ向かった。
フェリー乗り場へ着くとパスポートを登録する手続きや、保安検査が待ち構えていた。船で1時間、同じ広東語が話され、同じ国に属する地域でも空港で他国に出かけるような行程があることに興味深さと、複雑さを感じずにはいられなかった。
香港とマカオを隔てるのは海
だけじゃないX線の手荷物検査
時価5000円ランチ
香港は世界で最も物価が高い部類の地域で、驚異的な円安の昨今、今回の旅行でもしっかり物価の高さを感じていたが、マカオも同様に高かった。
汗だくになりながらポルトガル料理の店に入り、パスタとコーヒーと小さなデザートを注文したのだが、ザッと計算したところ5000円以上かかるとわかり若干血の気が引いた。
宿泊しているボロホテルの一泊の値段よりずっと高いとは…。
円安を心底憎む僕のもとに、店のスタッフがサービスでガーリックトーストを持ってきてくれた。おそらくそれなりに高級な店だったらしく、見るからに貧乏そうな僕に気を遣ってくれたのだと思う。
また水を頼むと、まあまあ熱い温水が出てきたのにも文化の違いを感じた。乾いた喉に温水をジャバジャバ流し込み、より一層額に汗をかいたのも良い思い出だ。
その後のパスタやデザートもとても美味しかったのは言うまでもないだろう。
本当の意味を知るのはいつもあと
だから大袈裟くらいが良いの
地獄の激暑教会巡り
マカオといえば教会だ。僕もクリスチャンの如く教会三昧することを決めていたが、どうしようもなく暑い。雨天の香港を出て晴天のマカオにやってきたのは果たして正解だったのだろうか…という思いも、ひとたび欧風な街並みを目にしたら吹き飛んだ。
デザイン性の高い石畳、青い空に映える色とりどりの建築、標識ひとつとってもその欧風なデザインで、アジアにいることを忘れてしまうようだった。
まず、向かったのは聖ドミニコ教会。
教会には基本的にエアコンなどないため、地獄を思わせる程の室温となっており、キリスト教徒でなくとも思わず神に救済を求めたくなるような仕様だった。観光客が多くても教会内の回転が早い理由がこれだ。
ただ、繊細な装飾や空間が醸し出す厳格な空気は荘厳で美しい。
僕は23歳にしてこの時、人生で初めて教会の中に入った。初めての教会がマカオで本当に良かったと思う。
次に向かったのは聖ポール天主堂跡。
ここのすごいところは、壁面しか残っていないのに全くハリボテ感がない点だ。近くに寄るとその存在感に圧倒されてしまうほどで、僕はこんな場所は他に知らない。
その後暑さにヒィヒィ言いながらも丘の上にで大砲を見たり、他の教会を見て周りマカオの散策を楽しんだ。
牛乳プリンを食べながら、マカオのテレビで放送されている妙にノスタルジックなテレビドラマを見た。香港と違ってマカオは全体的に時間がゆっくり流れているように感じるのは僕だけだろうか。喧騒を感じるのは観光名所や大通りのあたりに過ぎず、路地に一度足を踏み入ればその独特な静けさになんとも言えない懐かしさを見出すことができる。
教会で1人祈る女性や、僕に「バイバイ」と言って見送ってくれた観光施設のスタッフのおばちゃん、平日の真っ昼間から1人で黙々とプリンを食べている若者、その誰もがマカオを形作っているのだ。
そういった一つ一つの情景が、香港にいた時よりも僕がstrangerであることを痛感させるのだった。
生活に祈りがあってこそ完成される静寂に溶け込めずにいる
片道チケットの恐怖
さて、日帰りでマカオを楽しみつつも常に僕の脳裏には帰りのフェリーのことでいっぱいだった。親切なおっさんが発行してくれた無料の片道フェリーチケットでマカオにやって来たは良いが、帰りの分をまだ購入しておらず不安でしょうがなかった。フェリーはほぼ満員になるため、早めにチケットを手配しないと最悪の場合香港に帰れなくなるのだ。
はっきり言って僕のマカオ旅行の段取りは良くなかった。小学生が考える修学旅行の旅程の方がよっぽど合理的で安定している。
楽しそうにアイスを食っている観光客を尻目に、まだ日も高いうちに足早にフェリー乗り場へ向う。既にチケットは売り切れているのでは…と焦り、汗だくになってカウンターに駆け込んだところ職員もつられて、クレジットカードリーダーをすごい速さで引っ張り出すなどして大慌てでチケットを手配してくれた。
ほっと安心したがチケットは1時間半以上先のものだった。あんなに慌てふためいていた自分と職員って一体…。
暇つぶしにフェリー乗り場周辺の海沿いを散歩すると、筍の如く建設されまくってるビル群を背景に、公園のアスレチックを利用して老人も若者も仲良く上裸でトレーニングをしていてるのを見た。
反対の方向に目を向けると、カジノであろう派手な建物が様々な色でライトアップされて街全体がキラキラし始めている。
それらの光景が等しく夕日に包まれるのを、僕はただひたすら目に焼き付けていた。
つづく