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香港 Stranger-02

目に映るすべてのものはメッセージ

重慶大厦1泊目は、疲れていたのもあり失神の如くよく眠れた。
気持ちよく起きた朝、ふと視界に赤いものが入ったので確認すると何やら血文字のようなものが備え付けの棚の側面に記されているではないか。

普通にゾッとした。アルファベットの大文字で「NAIA(N) KG」と記された文字列は人名だろうか。
ホテルというものは不思議なもので、僕と同じようにこの部屋を使うバックパッカーらが時間軸に沿って何百人も並んでいる。決して交じることのない我々だが、皆同じような目的で同じような思考・感覚を持ち合わせてこの部屋に集結するのだと考えた時に、なるほど、このような形で後輩バックパッカーにメッセージを残すのもオシャレだよなと、気持ちが悪いながらもつい思ってしまった。
今現在別の誰かがあの部屋で眠っているのだろうと思うと、「よくこんな所に泊まったね!」と血文字に託したい想いが次々に浮ぶ。

意味のない文字列が消されずにいる
ところに意味を見出している

ナショナリズムは海の向こうで

香港を歩いていると、至る所で香港返還から27年を祝う横断幕が掲げられていた。
僕が香港に行く少し前の7月1日が、返還記念日だったらしい。そして、本来であればその日に民主派による大規模なデモが行われるのだが、ここ数年は開催されていない。
28年前まではイギリスの植民地で、そこから27年もの間中国の特別行政区である香港。
香港の人々にとって、「香港」だけで完結することのないアイデンティティは複雑めいていて、27年目を祝う鮮やかなポスターは、Strangerの僕が目にしてもあまりにも鮮やかすぎると思った。

大館 Tai Kwun
中に入るとかなりアーティスティックだった
刑務所の様相が保存されており興味深かったが空調が無いので死ぬほど汗をかいた
壁面を支える高い柱の上部には
ガラスの破片が埋め込まれている

そんなことを思いつつ足を運んだのが、香港の植民地時代を展示・伝承するミュージアム、大館(Tai Kwun)で開催されていた香港ポップスにフォーカスした展示だ。あるミュージシャンが90年代を過ごした子供部屋が再現されているので覗いてみると、驚くほど日本のカルチャーが散りばめられていた。
およそ2,30年前の香港の子供達はSONYのパソコンやウォークマン、ドラゴンボールやポケモン、AKIRA、うる星やつら、ポケモン……と挙げたらきりがない日本のカルチャーに囲まれて育っていたのだ。

なかなか年季の入ったラムちゃんたち

何も香港だけでなく、アジアをはじめ世界中に日本の製品や文化が爆発的に浸透していったのも、ちょうどこの時なのだろう。

僕は、想像をはるかに超える当時の日本のインパクトに驚きつつ日本人としてのアイデンティティを意識せざるをえなかった。ある種のナショナリズムの芽生えとでも言おうか。
逐一配信されるオリンピックでのメダルの数でなくて、香港で見た年季の入ったラムちゃんのフィギュアが、僕にナショナリズム的な高揚感を与えたのだ。

香港の人たちにとってのラムちゃんは何なのだろうと思いながら、大館を後にした。

歌や旗には背負いきれない
我々のアイデンティティは
ラムちゃんにあり

初モーマンタイ

地元で人気のお粥屋さんでランチを決め込んだのだが、日本でお粥を外食することはまず無いため、勝手がよくわからない。
チャキチャキとしたおばさん×3が店内を駆け回っており、自分が外国人であるとわかると写真付きのメニューを手渡してくれた。
香港は魚の練り物が有名でよく見かける。
このときも、僕は魚の練り物のお粥を注文したのだが、これが本当に美味しかった。


野菜と魚のつみれがゴロゴロと入っていて、おかゆといえども食べ応えがあり、醤油と刻んだネギと生姜によって味変をしていくので大きな茶碗でもペロリと完食できてしまう。

滝汗をかいて塩分が失われた身体に染み渡る…と思っていたその瞬間、相席の(香港では相席が一般的)マダムが目の前で大きなゲップを放った。あ、時が止まる……と思いきや他の客らは何も気にせずレンゲを動かし続けているではないか。当の本人はスッキリした表情で隣にいる大学生ほどの息子とおしゃべりをしている。自分の母親が外食先で「グェ〜」と発したものなら先に店を出るくらいのことはするな、と想像していた。
しかし、ここは香港。細かいことはモーマンタイ(無問題)なのだ。

この緩やかで、程よく他人に干渉することのない雰囲気が香港には流れていると思う。都会特有の付かず離れずといった人との距離感に加えて、香港の人たちは受け流す能力が高いと感じた。何もゲップに限ったことではない。世界中から押し寄せる外国人や、国際関係の影響を大きく受けてきた激流の中で人々はしなやかに生きてきた、その結果なのかもしれない。
日本では、何か予定調和が乱れる時や想定外のことが起こった時に「時が止まる瞬間」に度々出くわすが、香港では起こらなかった。
そんな暇、香港にはないのである。

例のマダムとその息子がお粥を完食し、チャキチャキとしたおばさん(チャキおば)が彼らの食器を片付ける際、醤油の入った小皿をマダムにぶっかけてしまった。マダムの悲鳴が上がるのも無理はない。あいにく彼女は白いワンピースを着ていたのだ。
チャキおばは少々驚きながら「ごめんねー!」と言いつつも、食器を持って奥に行ってしまった。別のチャキおばがやってきて、「店の奥の水道で洗って来なよ」とマダムに促す。
しばらくしてワンピースの裾を洗ったマダムが戻り、何事もなかったかのようにお会計をした。
犯人のチャキおばは「すみません~」と再度謝っているが、若干笑顔だ。
マダムも笑顔を返して事件は終結したのだが、これが日本だったら……と思わされる。少なくともあんなにラフな謝罪は聞けないだろう。

フラッと入った街中のお粥屋で、僕は初めてモーマンタイのスピリットに触れたのだった。

歯を見せて謝って済むことばかり
粥の湯気立つ香港の隅 

香港と聞いて想像する派手派手なネオン看板はあまり見かけなかった。老朽化による撤去が進んでいるそう
香るスパイス(薬)
海外の寺院は本当に楽しい

つづく






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