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半身で働き、全身で生きる。 "なぜ働いていると本が読めなくなるのか3/3"

読書ができる半身の働き方とは

 昨日まで、読書というテーマで日本における読書習慣の変遷や情報過多時代における読書について深掘りしてきました。三宅香帆さんは『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の結論部分で、「半身の働き方」という概念を提唱しています。今日はこの概念について考えていきましょう。

「半身の働き方」とは文字通り仕事に全身全霊を捧げるのではなく、自分の人生の一部として仕事を位置づけ、読書や他の活動との調和を図る生き方を指します。

社会学者の上野千鶴子(1948-)は、『おひとりさまの老後』(2007)で次のように述べています。

「自分の人生の主人公は自分自身である。仕事も大切だが、それだけが人生のすべてではない」

『おひとりさまの老後』(2007)

上野の言葉は、三宅さんがいう「半身の働き方」概念と響き合うものです。三宅さんは、この考え方を基に、仕事と読書を対立させるのではなく、相互に補完し合う関係として捉え直すことを提案しています。

半身の働き方の実現

「半身の働き方」の具体的な実践方法として考えられているものは下記です。

  1. 労働時間の柔軟化:固定的な勤務時間ではなく、個人の生活リズムに合わせた労働時間の設定が可能であれば行う。

  2. 副業・複業の推奨:主たる仕事以外にも、自己実現や学びのための副業を持つことで経済的依存先を増やす。

  3. サバティカル制度の導入:一定期間仕事から離れ、自己研鑽や読書に集中する時間を確保すること。(サバティカル=長期休暇)

  4. ワーク・ライフ・リテラシーバランスの推進:仕事、生活、学習のバランスを意識的に取ること。

  5. 「学び直し」の文化醸成:生涯を通じて学び続ける姿勢を社会全体で評価すること。

これらの提案は、単に個人の努力だけでなく、企業や社会全体の意識改革を必要とするものになっています。三宅さんは、こうした変革が進むことで、労働と読書が対立するのではなく、相互に高め合う関係を築くことができると主張しています。

一方で、「半身の働き方」には課題もあるとされています。経営学者の野中郁次郎(1935-)は『知識創造企業』(1996)で、組織における暗黙知の重要性を指摘しています。

「組織の競争力の源泉は、個人の持つ暗黙知を組織全体で共有し、新たな知識を創造することにある」

『知識創造企業』(1996)

野中の指摘は、「半身の働き方」が組織の知識創造プロセスに与える影響を考える必要性を示唆しています。三宅も、この点を踏まえ、「半身の働き方」と組織の効率性や創造性をいかに両立させるかが今後の課題であると述べています。

デジタル技術を活用した新しい読書スタイル

 昨日も読書のデジタル化に伴う良い点、悪い点を整理しました。デジタル技術の進化は、読書の形態に大きな変化をもたらしています。三宅さんは、こうした技術を適切に活用することで、忙しい現代人でも読書を継続できる可能性を示唆しています。

情報学者の西垣通(1948-)は、『ビッグデータと人工知能』(2016)で次のように述べています。

「デジタル技術は、私たちの知識獲得の方法を根本的に変えつつある。しかし、重要なのは技術を使いこなす人間の側の智慧である」

『ビッグデータと人工知能』(2016)

西垣の指摘は、デジタル技術を読書に活用する際の重要な視点を提供しています。三宅さんも、電子書籍やオーディオブックなどの新しい読書メディアを、従来の読書を補完するものとして積極的に活用することを提案しています。

デジタル技術を用いた新しい読書スタイルを紹介します。

  1. マイクロラーニング:短い空き時間を利用して、スマートフォンなどで少しずつ読書を進める方法。

  2. ソーシャルリーディング:SNSを活用して、読書体験を他者と共有し、対話を通じて理解を深める方法。

  3. AIを活用した読書支援:AIによる要約や関連情報の提示など、効率的な読書をサポートする技術の活用。

  4. VR/AR技術を用いた没入型読書:仮想現実や拡張現実技術を用いて、より豊かな読書体験を創出する方法。

  5. 音声認識技術を活用した「ながら読書」:運転中や家事の合間など、従来は読書が難しかった状況での読書を可能にする技術。

これらの新しい読書スタイルは、従来の読書の概念を大きく拡張するものです。三宅さんは、こうした新しい形態の読書が、現代社会における読書の可能性を広げると同時に、読書の本質的な価値を損なわないよう注意を払う必要があると述べられています。

例えば、マイクロラーニングやAIを活用した読書支援は、効率的な知識獲得には有効ですが、深い思考や創造的な発想を促す従来型の読書の代替にはなりえません。三宅さんは、これらの新技術を従来の読書と適切に組み合わせることで、より豊かな読書文化を築くことができると主張しています。

「深い読書」の価値再発見

 また昨日の「教養」の捉え方の変化と通ずる点として三宅さんは、現代社会における「深い読書」の重要性を強調しています。これは、単に情報を得るための読書ではなく、一冊の本じっくりと向き合い、深く思考する読書のスタイルを指しています。

哲学者の鷲田清一(1949-)は、『「待つ」ということ』(2006)で次のように述べています。

「じっくりと物事を考える時間を持つこと、それは現代社会において失われつつある貴重な経験である」

『「待つ」ということ』(2006)

鷲田の言葉は、「深い読書」の価値を再認識することの重要性を示唆しています。三宅さんも、情報過多の時代だからこそ、一冊の本と深く向き合う経験が重要であると主張しています。

三宅は、「深い読書」の価値として以下の点を挙げています。

  1. 批判的思考力の養成:テキストを深く読み込むことで、著者の主張を批判的に検討する力が培われること。

  2. 創造性の涵養:じっくりと考えを巡らせることで、新たなアイデアや発想が生まれること。

  3. 自己理解の促進:本の内容と自己の経験を照らし合わせることで、自己理解が深まること。

  4. 集中力の向上:長時間一つのテーマに集中することで、全般的な集中力が高まること。

  5. 言語能力の向上:複雑な文章に触れることで、読解力や表現力が向上すること。

これらの価値は、現代社会において特に重要性を増しています。AI技術の発展により、単純な情報処理や分析は機械に任せられるようになる一方で、人間にしかできない深い思考や創造的な発想がますます求められるようになると考えた時、その重要性を感じるでしょう。

「深い読書」を促進するための具体的な方策が下記です。

  • 「読書の時間」の確保:日々の生活の中に、意識的に読書の時間を設ける。お風呂時間や朝起きた後、寝る前などルーティンにすること。

  • 「読書環境」の整備:集中して読書できる物理的・精神的な環境を整える。自宅なら同じ読書場所の固定、カフェや図書館など。

  • 「アナログ読書」の推奨:デジタル機器から離れ、紙の本で読書をする時間を持つ。デジタルデバイスの通知を切り、集中を途絶えさせない。

  • 「読書コミュニティ」への参加:読書会や読書サークルなど、他者と読書体験を共有する機会を持つ。SNSへの発信など。

  • 「リフレクティブ・リーディング」の実践:読書後に内容を振り返り、自己の経験と結びつける習慣をつける。

これらの行動は、個人レベルでも組織レベルでも実践可能なものです。三宅さんは、企業や教育機関がこうした「深い読書」を奨励し、支援する体制を整えることの重要性も説いています。

読書コミュニティの形成と社会的意義

 最後に、三宅さんは「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の中で、個人的な活動としての読書だけでなく、読書を通じた社会的なつながりの重要性も指摘しています。読書会やオンライン上の読書コミュニティなどの形成が、現代社会における読書文化の再生に寄与する可能性があるのです。

文化人類学者の今福龍太(1958-)は、『クレオール主義』(2003)で次のように述べています。

「文化は個人の中で完結するものではなく、人々の交流の中で生まれ、育つものである」

『クレオール主義』(2003)

今福の指摘は、読書という個人的な行為が、実は深い社会的意義を持つことを示唆しています。三宅さんも、読書を通じた人々のつながりが、新たな文化の創造や社会の活性化につながる可能性を論じています。

読書コミュニティの形態には、以下のようなものがあります。

  • 伝統的な読書会:同じ本を読んだ人々が集まり、対面で議論を行う。

  • オンライン読書クラブ:SNSやビデオ会議システムを使用し、地理的制約を超えて交流する。

  • 職場内読書サークル:同僚と共に読書し、業務にも活かせる(活かせなくても良い別の分野でも面白い)知見を共有する。

  • 異世代間読書交流:若者と高齢者が共に読書し、異なる視点や経験を共有する。

  • 多文化読書グループ:異なる文化背景を持つ人々が共に読書し、相互理解を深める。

これらの読書コミュニティは、単に読書体験を共有するだけでなく、以下のような社会的意義を持つと三宅さんは述べています。下記がコミュニティレベルで促進されることには非常に重要な価値があるのではないでしょうか。

  1. 社会的包摂の促進:異なる背景を持つ人々が交流することで、社会の分断を緩和する可能性がある。

  2. 批判的思考の醸成:多様な意見に触れることで、自己の考えを相対化し、批判的に再検討し、対話することが可能になる。

  3. 民主主義の基盤強化:公共的な議論の場を提供し、市民社会の活性化に寄与する可能性がある。

  4. 生涯学習の推進:年齢や職業を超えて学び合う機会を創出する。

  5. 文化の継承と創造:世代間で知識や経験を共有し、新たな文化を生み出す土壌となる。

三宅さんは、こうした読書コミュニティの形成と活性化のために、公共図書館や教育機関、企業などが積極的に支援を行うべきだと主張しています。例えば、図書館が読書会のための場所を提供したり、企業が従業員の読書会参加を奨励したりすることが考えられます。

また、デジタル技術の発展により、読書コミュニティの可能性はさらに広がっています。例えば、AIを活用した読書推薦システムや、VR技術を用いた没入型の読書体験の共有など、新たな形の読書コミュニティの創出も期待されます。

こうした読書コミュニティの発展が、個人の読書習慣の改善だけでなく、社会全体の知的基盤の強化にもつながる可能性はまだまだこれから大きくなっていくものかもしれません。それは同時に、現代社会が直面する様々な課題(例えば、社会の分断や民主主義の危機、文化の画一化など)に対する一つの解決策にもなり得るでしょう。

読書のすゝめ

 これまで3日間に渡り、三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んできました。この本は現代社会における読書の危機を鋭く分析すると同時に、その未来に向けた展望も提示しています。「半身の働き方」の実践、デジタル技術の適切な活用、「深い読書」の価値の再発見、そして読書を通じた社会的つながりの形成など、三宅さんの提案は多岐にわたります。また、読書という行為自体に対する文化的な変遷や時代背景も学ことができる本でした。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の本は、単に個人の読書習慣を改善するだけでなく、現代社会のあり方そのものを問い直す契機ともなり得るものです。労働中心の価値観から、より豊かで多様な人生の可能性を追求する社会への転換。そのような大きな視座から、三宅さんの著作を読み解くことができるでしょう。

これまでは主に歴史的な哲学者の著作を取り上げてきましたが、今回は初めて今年出版された本を取り上げてみました。これまでご紹介してきた三大幸福論や、暇と退屈の倫理学の中で取り上げられている哲学者の本を読むにあたって、そもそも「本を読む行為」自体を習慣化しなければ難しいと感じているからです。三宅さんはnoteや動画での発信もされており、原著を読むのが一番おすすめですが、それ以外のコンテンツに触れてみることもお勧めします。

次回予告!読書好きは一度は通る道、ショーペンハウアーの「読書について」を取り上げ、更に読書そのものについて掘り下げていきます。


yohaku Co., Ltd. のメンバーも私を含めて読書習慣が根付いています。しかし、読書をする上で重要なことの一つは読書後の他者との対話です。それはnoteなどの記事を読むこと、考察動画を見ること、そうしたことでも多少解決できますが、一番重要なのは直接対話をすることだと考えています。

私も無目的的な対話の材料を蓄える為に、毎日読書をすることを意識しています。(最近は暑いので読書環境を整えるのが大変ですね…)他者との対話をしたい!という方は是非yohakuのOpen DialogやCoachingについてもご覧ください。

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