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「仲間」の哲学、本田宗一郎を中心に(1/4)

「右手は左手を可愛(かわい)がり過ぎるくらいに可愛がって、それでちょうどいい」

「仲間」の哲学、本田宗一郎を中心に

本田宗一郎は、自動車修理の仕事をはじめとして、自分で手を動かして部品をつくり、組み立てる人だった。彼はよく次のように言っていた。

「右手は左手を可愛がり過ぎるくらいに可愛がって、それでちょうどいい」

右手が目立つ仕事をする人、左手が陰でそれを支える人を表現したこの言葉には、裏方こそが最も大切だという本田の思いが込められている。

本田宗一郎は、よき仲間と出会い協力することで、本田技研工業を創業し、成功へと導いた。彼にとって仲間は単なる同僚ではなく、共に支え合い、高め合う存在であり、経営の原動力そのものだった。この「仲間の哲学」が、ホンダを世界的企業に育て上げた背景にあったのである。

本田宗一郎は、幼い頃から機械いじりが好きで、15歳で上京し自動車修理工場に就職した。22歳で郷里に戻り自動車修理工場を創業、その事業を成功させた。しかし、日本の敗戦を迎え、戦後の混乱期に42歳でオートバイ生産に乗り出した。

そんな中、本田は藤沢武夫と出会う。当時、本田は自身の会社経営に苦しみ、藤沢は銀行員として働きながら起業を夢見ていた。二人は手を組み、本田が技術開発を、藤沢が経営を担当することで、本田技研工業を発展させていった。

本田技研工業は、わずか数十年で世界的な自動車メーカーに成長した。その原動力となったのが、本田宗一郎の「仲間」を大切にする経営哲学だった。この哲学には、「支えあい」「思いやり」「平等」の3つの要素が含まれている。

現代社会では、AIやロボットなどの技術革新が進む一方、人間が果たすべき役割はますます重要になっている。ビジネスの現場で孤立無援の個人主義が問題視される中、本田宗一郎の「仲間の哲学」から学ぶべきことは多い。

「支えあい」「思いやり」「平等」の精神を胸に刻み、互いを尊重し合う関係を構築することが何より重要なのである。真の成功は、決して一人で手にできるものではない。仲間と共に高め合い、支え合うことで、はじめて大きな目標を達成できるのだ。

本田宗一郎が示した「仲間の哲学」に、経営の本質的な価値を見出すことができるのではないだろうか。


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