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【短編小説】あわてんぼうのサンタクロース

「栞さん、クライアントから校了メール来ました。」
2023年12月22日21時過ぎ、やっと終わった。
花乃かの ちゃん、お疲れ様。」
一緒に残業してくれた先輩デザイナーの優しい一言が、身に沁みる。

小さなデザイン会社に新卒採用で入社して早9ヶ月、フリーペーパー担当になって3ヶ月。
デザイナーとクライアントの板挟みになる営業職に、未だ慣れない。
複数の先輩からは「1年目なんて、大体そんなものよ」と何回慰められても、自分自身が情けない。

予定のある栞さんとは会社の前で別れ、一人暮らしをしている徒歩5分のマンションへと帰ろうとした。
でも。
ーー今から1人分の夕飯を作るのも面倒だし、コンビニに寄って何か買って帰ろうかな。
そう思い直し、コンビニへと行き先を変更した。

お弁当が入ったビニール袋を片手にマンションへ帰ると、駐輪場に原付ー俊樹 としきの愛車であるヤマハVINOーが見えた気がした。
いや、そんなはずはない。
今日は会う約束していないのだから。

俊樹は私より2歳年下の大学3年生だ。
2年前、バイト先の居酒屋で知り合った。バイト仲間だった。
人当たりが良く、バイト仲間だけでなく常連客からも人気があった。
だから、私が大学卒業を機にバイトを辞めるタイミングで告白された時は、心底驚いた。
それから付き合い始め10ヶ月も続いているのだから、さらに驚きだ。

ーー連日の残業疲れで、いよいよ幻覚が見えたか。
そんなことを考えながら、エレベーターで3階へ向かう。
3階に着いた、がエレベーター前から部屋までの数メートルすら歩くのがダルい。

ノロノロと歩くと、玄関前に何かある。
荷物が届く予定なんて、あったっけ?
いや、普通は宅配ボックスに入れるよな。
さらに近づくと、それは体育座りでうずくまっている人だった。
そして私に気づくと、人懐っこい笑顔で言った。
「花乃ちゃん、お仕事お疲れ様。」
間違いない、あの原付の持ち主である俊樹だ。


「会う約束してたのって、明後日じゃない?
急にどうしたの?」
部屋に招き入れた俊樹に、温かいコーヒーを淹れながら尋ねた。

「そうなんだけど、実はさ…」
そこまで言って、俊樹は口ごもった。

「その…ごめん。日曜の夜、急遽バイトに出ることになって。ちゃんと休みにしていたんだけど、インフルエンザがバイト内でも流行り出して。」

私がコーヒーの入ったコップを目の前に置いたのにも気づかないのか、話続ける。
「最近まで研究室の関係でシフト融通利かせてもらっていたのもあるし、こういう時はお互い様だし…」
そういう人の良さが、俊樹の良いところでもあるんだよな。

「でも、花乃ちゃんがどうでも良いってわけじゃないから!せめてクリスマスイブ当日に会えないなら、早く会いたいと思って…」
「それで会いに来てくれたんだ、ありがとう。」
嬉しい、連日の残業疲れも吹きとぶ。

「でもさ、バイトは夕方からでしょ?
私は午前中とかお昼に会うのでも全然かまわないよ。」

「付き合ってから初めてのクリスマスイブだから、イルミネーションとか連れて行きたかったんだよ…俺が。」
照れくさい気持ちを隠したいのか、俊樹はコーヒーを勢い良く飲んだ、その時。

グーッ

忘れていた、まだ買って帰ったお弁当を食べていないんだった。
お腹の音が鳴り、今度は私が恥ずかしくなった。

「その、今日も残業でまだ夕飯食べてなくて…」
「俺こそごめん、急に押しかけてきて。
実験レポートもしないとだし、もう帰ろうかな。」
俊樹は、そそくさと帰り支度を始めた。
あ、帰る前に言わないと。

「あのね俊樹、クリスマスイブのイルミネーションは来年のお楽しみにするのはどう?」

俊樹の動きが止まった。
そして、耳まで赤くなっていった。
「そうだよな、来年もあるんだし。1人でアレコレ考えて勝手に悔しがって、何か俺恥ずかし…
花乃ちゃん、やっぱり明後日会おうよ。バイトまでだから、長くは一緒にいられないかもだけど。」
「私は、はなからそのつもりだよ。」
俊樹の可愛い反応が見たくて、わざと意地悪に言った。

「またLINEするね。」
そう言うと、俊樹は愛車のVINOに乗り帰って行った。
駐輪場まで見送りに降りていた私は、再びエレベーターに乗った。
ーー俊樹へのクリスマスプレゼント、1つ増やさなきゃ。
もう寒い思いして待たせなくて済むように、明日合鍵を作りに行こう。

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