a0n0 - Underground Seaについての所感
地底の海
a0n0の新作『Underground Sea』のアートワークをはじめて目にした時、思い出したのはFenneszの『Black Sea』と、Joy Divisionの『Unknown Pleasures』だった。
いずれも名盤だが、Fenneszについては音楽的にもa0n0と近しいものを感じる(Joy Divisionについては表面的なスタイルの類似は無いものの、『Unknown Pleasures』のアートワークは中性子星"pulsar"の発する電波をプロットしたものであるそうで、本作中盤に収録されたremixの原曲『Blue.Electronic.Sky』が、pulsar synthesisによるコンピレーション『Pulsar.scramble』シリーズで知られる$ pwgen 20レーベルからリリースされていることに、若干の関連をこじつけてみたくもなる)。音楽的記憶を辿りながら、a0n0『Underground Sea』について少し書いてみたい。
Mego〜音響系の水脈
90年代中頃から2000年ごろにかけて、Mego、Mille Plateaux、Raster-Notonなどのレーベルから、実験的な電子音楽が多数リリースされ、日本では『音響系』などと呼ばれたりした(代々木Off Siteから発した即興音楽も同様に呼称されるため混乱するが、ここでは前者のみを指すこととする)。代表的なアーティストとしては、Oval、Fennesz、 General Magic、Pita、Farmers Manual、Pan Sonic、Alva Notoなどが挙げられる(他にも重要なアーティストは多数いるが、ここでは割愛)。
音響系と呼ばれる所以は、音のテクスチャーを重要視した音楽と捉えられたからだろうか。OvalにおけるCDのスキップ音、Alva Notoの高周波など、それまでの音楽ではあまり用いられてこなかった音色をあえて前面に押し出した作品も多かった。グリッチと呼ばれる、グリッドに沿わない不規則なリズムや、偶発的なノイズ音も多く用いられたが、これはMax/MSPなどのオブジェクト指向プログラミング言語の普及により、ラップトップ上でのDSP処理(digital signal processing)が比較的簡単に行えるようになったことも関係していよう(Maxの制作者ミラー・パケットによるPure Dataのリリースは1996年)。
一方で、Ovalことマーカス・ポップ自身はポップミュージックを愛好しており、自身で「デザイン的要素」と呼ぶ、とっつき易いハーモニーを取り入れている。またFenneszはギターをメインの楽器とし、所謂音響系的なテクスチャーと、エモーショナルなハーモニーを同居させている。
a0n0の音楽には、耳を引き裂くようなノイズやグリッチと、エモーショナルで美しいハーモニーという、一見アンビヴァレントな要素がひとつに溶け合って存在しており、Oval、Fenneszら音響系と呼ばれた音楽から受け継がれた水脈を強く感じさせる。
モジュラーシンセの再興
音響系と呼ばれた音楽は、ラップトップをメインの機材として用いる場合が多かったが、a0n0はモジュラーシンセを主軸としているようだ。
かつてモジュラーシンセは高価で導入へのハードルが非常に高かったが、近年ユーロラックの規格に則った比較的安価なモジュールが次々と発売されるに至り、モジュラーシンセ界隈は非常に活気付いている。かつてオブジェクト指向のプログラミング言語が音響系の勃興を促したように、モジュラーシンセの再興が、電子音響音楽の再発見につながった部分はあるのかもしれない。
a0n0がbandcampにアップロードした最初の作品『COUNTERPOINT』は2021年のリリースだが、同時期にSUPERPANG、Active Listeners Clubなど、実験的な電子音響をメインで取り扱うレーベルが目立ち始める。特にSUPERPANGは、リリースしている音楽の性質や幅などに、Megoのアティチュードを感じもする。
安部公房〜時の崖
a0n0が主宰するレーベル『時の崖』。レーベル名は安部公房の戯曲/短編小説から取られている。安部公房は日本のカフカともいうべき、不条理でシュールレアリスティックな世界観で知られる作家だが、シンセサイザーを嗜み(EMS Synthi AKSを所有していた!)、自身の演劇作品に用いることもあったようだ。
『Underground Sea』3曲目のタイトル『方舟さくら丸』も、安部公房の小説名から取られており、もし安部公房が存命であったら、時の崖から作品をリリースすることもあったかもしれないと妄想させられる。
日常から発される音
『Underground Sea』の1曲目、『Ultra Lite Mk3』はMOTUのオーディオインターフェイス名。使用機材を1曲目の曲名に据えていることからは、日常的に機材と戯れ、無心に音を発するa0n0の姿が浮かぶ。
筆者がアルバムの中で特に心打たれた楽曲は、5曲目のタイトルトラック『Underground Sea』。耳を裂くような激しいノイズから、後半の抒情的なハーモニーへとなだれ込む展開に、一篇の短編小説を読んだ後のような充実感を感じるが、a0n0自身に聞くと、この楽曲を制作した時の記憶がない(!)とのこと。この答えには非常に驚いたが、a0n0は、モジュラーシンセを身体の延長のように自在に扱い、日々考え、感じたことを、自動筆記的に音に表して続けているのであろう、と妙に納得させられたのを憶えている。
a0n0自身は『Underground Sea』について、"-This album is my daily life, that's all."とコメントしているが、a0n0の音楽は、何気ない日常に隠された一瞬一瞬の煌めきを、音楽の中に永遠として固定化する試みのようにも聴こえてくる。最終トラックの唐突な幕切れの後に、聴き手それぞれのかけがえのない日常が続いていく。
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