短編:ポルカとルルル
ぽかぽか、きらきらと。
木漏れ日のあふれる森の中、どこからともなく聞こえてくる天使のような歌声。その歌声はキツネのカトルのものですが、そのことを森のみんなは知りません。知っているのはカトルの双子の弟の、ポルカだけです。
双子キツネは、りんごの木の下の小さな洞穴に住んでいます。やわらかい葉を敷き詰めた奥の方で、カトルはぬくぬくと過ごし、大好きな詩を毎日歌っていました。洞穴には双子しか住んでいないので、お日様が当たらない暗闇は二人だけの世界です。
臆病者のカトルは、外に出るのが嫌いです。優しいポルカがいればそれだけで良かったので、今の生活に何も不満はありません。
けれど、ポルカは違いました。
「カトルも川に行くかい?」
近くの川に住むタヌキに、りんごと魚を交換してもらおうと思ったポルカは、カトルを誘いました。やわらかい葉の上に寝転んで、顔を埋めたままのカトルはポルカの方をちらりとも見ません。
「ボクは洞穴にいるよ」
今日もカトルは外に出ないようです。いつものことなので気にせず、ポルカは外に出ようとしました。
「ポルカ」
すると、こちらを見ることなく断ったカトルがポルカを呼びとめました。これも、いつものことです。
「あまり、みんなとおしゃべりしてはいけないよ」
「わかってるさ」
ポルカが良い子に頷けば、カトルは満足そうにほほえんで、またやわらかい葉に顔を埋めました。
カトルはポルカを外におつかいに行かせるのに、自分以外の誰かと仲良くなるのがイヤなようでした。ポルカはそれを知っているので、今日も川で会ったタヌキとほとんど話をしません。わざと話をしないようにしているのが相手にもわかるのでしょう。ポルカは森のみんなに愛想がない子だと思われています。
けれど、カトルがポルカを一人じめしたいように、ポルカもカトルが大好きなのです。大切な双子の片割れで、たった一人の家族だから、森のみんなよりもカトルの言葉を優先しました。
しかし、ポルカはカトルが外に出て、みんなと仲良くなることも望んでいます。食べ物を集めに森を歩いていると、みんなが天使の歌声の持ち主は誰なのかと盛り上がっているのです。「それはボクのお兄さんだよ」と何度自慢したかったことでしょう。けれども大事な兄の言いつけを守り、今日もポルカはおしゃべりをしないで洞穴に帰りました。
洞穴に入ると、ポルカの帰りに気付いたカトルが笑顔で出迎えます。
「おかえり、ポルカ」
「ただいま」
タヌキと交換した魚を渡すと、カトルはお礼を言って、嬉しそうに食べ始めます。ポルカはカトルの笑顔が大好きでした。臆病者で、おしゃべりの苦手なカトルですが、仲の良い相手にはたまらなく素敵な笑顔を見せてくれるのです。だから一度仲良くなれば、きっとカトルは森のみんなにも愛されるだろうと思っていました。ポルカは自分のことよりも、いつも兄の幸せばかり考えているのです。
一方カトルは、ポルカが最近外の世界を勧めてくることを気にしていました。
「ねぇ、ポルカ」
「なんだい、もっと食べるかい?」
食べかけの魚をさし出してきたポルカに、カトルは思わず笑ってしまいました。いつだってポルカは優しいのです。
「違うよ。あのね、最近ポルカはボクに外へ出るよう勧めてくるでしょ? あれはなんで?」
カトルは最近ずっと不思議に思っていたことを尋ねました。
「森のみんながカトルに会いたがっているからさ」
「ボクに?」
首をかしげるカトルに、ポルカは説明しました。
森のみんながカトルの歌声を気にいっていること。
歌声の持ち主を探していること。
そんなことになっているとは知らなかったカトルは、とても驚きました。自分の歌声を森のみんなが気にいっているということも、洞穴で一人歌うばかりだったカトルには衝撃的なことでした。
「……外で歌うのは気持ちいいかな?」
「お日様の下で花と一緒にそよ風に揺れながら歌うのも、お月様の下で綺麗な星々と一緒に歌うのも、とても楽しいはずさ」
ポルカの言葉を聞いていると、とても魅力的に感じます。
「ポルカもボクの歌を外で聞きたい……?」
「うん、聞きたい!」
そしてなにより、大事な弟のめったにないお願いでした。
洞穴の暗闇にいたカトルの足が少しずつ、少しずつ、光がさす方へと進んで行きます。
――久しぶりの青空の下で、カトルはポルカの手を握りました。
「広い世界に出ても、ポルカはボクと一緒にいてくれる?」
それが、狭い洞穴の二人きりの世界に慣れていたカトルの、一番の悩みでした。素敵なことであふれている外の世界で、変わらず自分を好きでいてくれるか、不安だったのです。
ポルカは笑ってしまいました。それは、とても優しい笑顔でした。
「一緒にいるに決まってるじゃないか!」
そして外に出たカトルは、森の人気者になりました。
森のみんなは笑顔でカトルを囲んでいます。中心で歌っているカトルも、照れくさそうに拍手を受け入れています。
その様子を、少し離れた木陰から、ポルカは満足気に見ていました。お日様の光を浴びて、楽しそうに歌うカトルはポルカの自慢の宝物です。
「ポルカ!」
どこにいてもカトルはポルカを見つけます。木陰の下から手を振るポルカに、カトルも嬉しそうに両手を振って応えました。仲の良い双子を、まわりのみんなは羨ましそうに見ています。
その反応を見て、ポルカは胸がいっぱいになりました。みんなに愛されている素敵な兄の一番が、この広い世界で自分だけなのだと思うと、それはとても幸せなことなのでした。
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※みんなのフォトギャラリーから素敵な写真をお借りしました。ありがとうございます。
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