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短編:君と私の理想的食生活

 日曜日の遊園地。十二時の鐘と共に季節限定のパレードが始まる。夢を詰め込んだフワフワの着ぐるみは観客に愛嬌を振りまき、華やかな色使いの衣装に身を包んだパフォーマーは、ステップを踏むような軽い足取りでパレードの列を導いて行く。三十分で終わるとは思えない、ワクワクとドキドキで胸いっぱいになる魔法の時間だ。

 パレードを楽しむ観客の背中を、天海史歩(あまみ しほ)は離れた場所から眺めていた。エリア端にあるトイレの横に設置されたベンチに座る史歩の隣には、一体何を入れているのかパンパンに膨らんだ黒いリュックが置いてある。史歩と一緒に遊園地に訪れた、恋人の柄井有太(からい ゆうた)の荷物だ。有太はパレードが始まる大分前から腹痛を起こしトイレにこもっている。

 腹痛の原因はわかっていた。午前中食べた辛いカレーのせいだ。食べている最中から、明らかに辛そうな顔をしていた。有太は辛いものを食べると腹を下すと分かっていても食べてしまう、面倒な性格をしている。

(遊園地を楽しんでいたから、体調を崩したらまずいって自分でもわかっていただろうけど……メニューの中に辛いものを見つけて、食欲が勝っちゃったんだろうなぁ)

 元々、今日遊園地に来た目的はパレードを見るためだった。史歩は今ここにいない有太のためにパレードを撮影しようと、自身のスマホを取り出す。ふと、カメラの画面端に表示された前回撮影した動画のアイコンが目に入り、志保は無意識にタッチしていた。昼食時に撮った動画が流れ出す。向かいの席に座る有太が顔を真っ赤にしながらカレーを食べている姿を、史歩は無駄に高画質で撮影していた。大粒の汗を浮かべて一生懸命食べている有太は、酷く苦しそうだが楽しそうにも見える。

(辛いものが大好きなのに、拒否反応が出るなんて可哀想)

 有太が辛い物で苦しむ一方、史歩は辛いものはペロリと平らげられる味覚と強い胃を持っている。ただ、史歩自身は甘いものが好きだった。家族や友人と外出先で食事をするとき、想定外に辛い料理が出てくるたび押し付けられて処理を頼まれるが、本当は甘いものが大好きなのだ。

 食の好みは難しい。人と食事をすることも、難しい。


「……ただいま〜」

 動画を再生し終わった後、ようやく有太が帰ってきた。史歩の隣に座った有太は長い戦いを終え疲れきった顔をしている。

「大変だったね。もう大丈夫なの?」
「うん……。あのさ、パレードは? これ、始まってどのくらい経ってるんだろう」
「んー、もう半分は過ぎたかなぁ」
「そっかぁ……史歩はずっとベンチから見てたんだよな。ごめん……」
「大丈夫だよ。座っていてもパレードの雰囲気は楽しめたから」

 残り半分を二人で一緒に観られるなら十分だ。

「あ、そうだ」

 有太が突然立ち上がったため、パレードを見に近づくのだと思い史歩もつられて腰を上げると、なぜかそのまま座っているよう促される。

「すぐに帰ってくるから、史歩は待ってて」
「えっ、またトイレ?」
「違う違う! なにか甘いものを買ってくるよ。アイスでも、焼き菓子でも、パレード見ながら食べられそうなやつ!」

 史歩の返事も待たずに、有太は黒いリュックを背負うと店へ向かって歩き出し――しかしすぐに、史歩の元へ戻って来た。

「どうしたの?」
「甘いものを家から持ってきてたこと、思い出した」

 パンパンに膨らんだリュックを開けると、前に史歩が「おいしいおいしい」と喜んで食べた焼き菓子が現れた。思わず頬が緩んだ史歩を、有太は目を細めて見つめる。

「これ、朝からずっとリュックに入れて用意してくれてたの?」
「そうだよ、パレードのために場所取りするだろうと思ってさ。待っている間に食べようと思ったんだけど、結局離れた場所から見ることになって……ごめんな……」

 申し訳なさそうに視線を落とす有太の手を、史歩は優しく握った。

「平気だよ。それよりこの焼き菓子、嬉しい! ありがとう!」


 有太は、史歩に甘いものを用意してくれる。史歩に辛いものを押し付けない。

 史歩は、有太が辛いものを食べる時間を邪魔しない。有太の好みを否定しない。

 そのせいで不便なことがあっても、理想の食事をさせてくれる相手は大切だ。楽しみにしていたパレードを半分しか見ることができなくても、有太の隣で大好きな甘いものを食べられることだって、史歩にとっては魔法のように素晴らしい時間なのだ。



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※みんなのフォトギャラリーから素敵なイラストをお借りしました。ありがとうございます。

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